【日記超短編】暑くなる

 これからの一週間は暑くなるだろう。わたしは部屋の窓を開けて空気を入れ替えた。アパートの庭は最近大家が草むしりに来たおかげで眺めがすっきりして、むきだしの土の色がひろがっている。何年もほったらかしの庭だったのに。大家夫妻はもうかなりの年寄りだから、そのうちどちらかが先に死んだら案外この庭に埋めて、墓でも建てるつもりなんじゃないか。そんなことを考えながら寝起きのコーヒーを飲み、今日一日どうやって過ごそうか思案をめぐらせていると、ピンポン、玄関のチャイムが鳴った。朝早くに誰だろう? 怪訝に思いつつドアを開けると、そこには大家夫妻が立っていて「わたしら夫婦の墓はすでに県営××霊園に買ってありますので、この庭に遺体を埋めるなどということは、まあ何かの間違いで夫を(妻を)殺してしまい死体の処理に困った場合などは別ですが、原則としてありませんのでどうか安心してお住まいになってください」と二人同時に頭を下げた。これからも末永くどうぞよろしく、と言いながらかれらが静かに去った後に、わたしは部屋にもどってすっかり冷めてしまったコーヒーを、たとえばレンジで温め直すべきかを迷ったけれど、これからの一週間が暑くなることを思うとなんとなくそんな気にはなれず、かわりに氷を入れたグラスをひとつ用意して、カップの中身を移してからそのひんやりする感触を手に楽しみながら窓辺の椅子に腰を下ろす。今年初めてのアイスコーヒー。季節が変わったという実感は、こういう些細なきっかけでに決定的になるものだ。とはいえ、氷はじつにのんびりと融けていく。わたしは庭の土を見た。あんなに礼儀正しい老人のうち一人くらいなら、ここに埋まっていてもさほど気にならないかもしれないな。だがせっかく買った墓があるのなら、べつにわざわざ新しく穴を掘る必要もあるまい。コーヒーを飲み終えたらさっそく電車に乗って××霊園に赴き、かれらの入る墓とやらを見学してこよう。わたしの今日の予定はこうして決まった。

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