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Fourth memory Last

 それからの日々は本当にあっという間に過ぎ去っていった。

 サロスと共に子供たちと過ごす日々は本当に1日1日が幸せで、永遠にこの時間が続けばって……そう思ったりもした。

 でも、何もしなければ、過去を、未来を閉ざしてしまう。

 あたしは、欲張りになってしまったから、過去だけじゃない、未来を手に入れたい。

 サロスと、みんなと過ごす未来を。

 そして、迎えた、運命の日。

 天蓋に潜入して、ヤチヨを助ける、その日。
  
 ヤチヨを助ける手筈はこれまでと同じ。もう何度もやってきたこと。

 天蓋の入り口にいる、見張りを素早く倒し、サロスと2人で天蓋に侵入。

 同時に、フィリアたちに気づいてもらうために、大きな物音をわざとたてる。

 その音に気づいて、天蓋にやってきたフィリアをサロスが説得して、その間にソフィの相手をあたしがする。

 そして、サロスとフィリアがあたしを……ヤチヨを天蓋から救い出す。
 
 でも実は、不安もある。

 今まではそれで上手くいってた。

 でも、今回も成功する、そんな保証はどこにもない。

 実に確実性のない、とても無謀な作戦だ。
 
 特に今回注意しなければならないのはこの日に至るまでのあたしの出来事が大きく違っている事がどう影響するのか分からないという点。

 ううん、後ろ向きになっちゃダメ。今はとにかく前を向くしかないのだから。

 あたしは、その悲観的な考えを振り払うように頭を左右にブンブンと動かしてから首にしていたフィリアからのお守りを外し、目の前のサロスの背中に声をかける。

「サロス」
「んっ? なんだ? ピスティ、時間にはまだ少し早いんじゃーー?」
「これ」
 
 振り向いたサロスに、フィリアからもらったあのお守りを渡す。

「なんだ、これ?」
「これを、あなたの一番信頼している人に渡して……」
「えっ!?」
「きっと、その人の力になってくれるから」
「俺が、一番信頼しているやつ? そんなの、お前以外——」
「いるでしょ? サロスには、本当の、相棒が……」

 フィリアのくれたこのペンダントが、きっと最後の希望。

 みんなが笑える未来への……鍵。

 あたしの瞳を見つめるサロスは相棒という言葉に合致する人物が頭にちゃんと浮かんでくれているようだった。

「……あぁ、たしかに、な。忘れてたぜ、俺には最高の親友がいたんだ……でもーー」

 微かにサロスの表情が沈んだ。だからあたしはこう伝える。

「サロス、あなたが信じる限り、きっとその親友も同じ気持ちでいる」
「ピスティ……」
「だから、最後まで信じて。あなたがその親友を信じている気持ちを」
 
 フィリアはきっと、これまでのように最後のあの瞬間、あたしを助けるあの瞬間には、サロスを助けてくれる。

 でも、それじゃ遅い。

 今の未来を変えるためには、あの瞬間よりも早く、フィリアの力がサロスには必要なはずなんだ。

「……わかった、預かっておく。ありがとな。ピスティ」
「えぇ」
 
 サロスとフィリアの友情は、関係は、どの世界でも、どんな状況でも、決して変わらなかった。

 なら、今回もきっと……。

 あたしが、フィリアからもらったあのお守りはきっとフィリアが持ってこそ、真の意味がある。
 
 後は、ヒナタのあの言葉を信じる。

 ヒナタはあたしの親友だからーー。

 手筈通り、大きな物音を立てて、フィリアたちに侵入を知らせた後、サロスと2人走りながら、あたしはヒナタに届けと願いながら、『フィリアとサロスを助けて』と強く念じた。

 言葉にしない、その想いが本当に、ヒナタに届いたかどうかはわからない……。

 でも、この天蓋なら、ヤチヨを通して声を届けられるこの場所なら、強く念じれば、想いは届けることはできるはず。

 後は、ヒナタがそれに気づくか、そして動いてくれるかどうか……。

 ううん。きっと、届く。そして、ヒナタなら必ず動いてくれる。

 サロスにフィリアが居るように。

 ヒナタはあたしの相棒なんだから

 余計なことは考えない。

 あたしは、あたしのやるべきことをするだけ……。
 
 ……これが最後の戦いだ。

 ソフィと対峙し、気持ちをぶつけ合う。

 今回は少し、ソフィに対して感情的になりすぎてしまったかもしれない。

 ソフィがアカネさんとの制約に関わるのかどうか、わからないけれど、最大限、注意をしながら、あたしの嘘偽りない心からの言葉を、気持ちを、ソフィにぶつける。

 そうか、あたしも自分の不安が消えたわけじゃないんだ。
ただ、それでも信じたい何かがあたしの中にある。

 今はそれだけでいい。

 自分の役割を果たしたあたしの身体がふいに不思議な感覚に捉われる。

 サロスのピアスから光が零れ始める。

 その時……あたしの耳にはっきりと聞こえた。

 二人の、サロスとフィリアの願いの声が……いや、2人だけじゃない、ヒナタの声も……。

 ヒナタもちゃんと『天蓋の中』にいる。

 あたしは、その姿を見ることはできない、見守ることしかできないけど……。

 きっと、上手くいく。

 ただ、一つ、ソフィの声が聞こえなくなったのは気がかりだけど……。

 今まで感じたことのない、あたしの知らない新しい何かの息吹を感じた。

 それが何かはわからないけど、不思議とここに来て不安が消えている事に気付く。
 
 だって最強の二人と無敵の二人がこの場にそろっているんだもの。

 きっと、全部上手くいく。
 
 あたしの体が少しずつ光に包まれていく。どうやら、時間切れのようだ。

 いつもとは違って、最後の結末をこの目で見てはいないのだけど、あたしがこの世界から消えると言うことは、何らかの未来が確定したのだろう。

 それに、これまでとは違う自分の意識の解け方。
 包み込むような温かさがあたしを包み込んでくれている。

 これからあたしがどうなるのか、そのことが怖くないといえば、嘘になる。

 でも、大丈夫。

 きっと、明るい未来が待っている。
 
 でも……これで、良かったのかな?

 サロスを、ちゃんと救えたのかな?

 アカネさんとの約束、守れたのかな?
 
 『………ヤチヨ……』

 カチッ

 あたしを呼ぶその声が聞こえたと同時に、これまでとは違う、時計の針が動くような音が聞こえた。

 サロスのピアスが光を失い、代わりに赤い光があたしを包んだ。

 優しく、力強い、そんな光だった。

 そこであたしは、ようやく長かった旅の全てが終わったのだと、そう思うことが出来た。
 
「ーーーーーーー」
「えっ!? そっか………終わったのね…………」
「——————」
「……うん……行ってらっしゃい……ーーー」

 今度は、約束、守ってね。

 赤い光から解き放たれた時、あたしの周りをすごい勢いで景色が通り過ぎていく。

 大急ぎで、時計の針を回すように、周辺がまるで早回しのように、次々と場面が切り替わる。

 初めて、サロスに修行を付けた時、サロスと大喧嘩して1人泣いた時、ソフィを傷つけた時、ヒナタに大怪我を負わせてしまった時、フィリアと戦って大怪我を負った時、サロスに感情を爆発させてしまった時、海で遊んだ時、花火をした時、シスターの子供たちと一緒に過ごした時……あたしを抱きしめてくれた時……。

 色んな光景が思い出として、あたしの目の前に流れて行く。

 走馬灯って、これのことなのかな?

「これから、どうなっちゃうんだろ? あたし」
 
 この繰り返しに、リスクがない。なんて、そんな訳ないと覚悟はしていた。

 何度も、何度も、同じ時間を過ごしたあたしの体に異変が起きていたとしてもおかしくはない。

 もし、同じように体も、あの時間を過ごしているとしたら、おばさんに、いやひょっとしたらお祖母ちゃんになってしまうかも知れない。
 
 ……まぁ、それでもいいか。

 ヒナタやフィリア、ソフィが幸せでいてくれるなら……。
 
 ……サロスにはちょっぴり、ごめんなさいだけど……。

 どんなあたしだとしても、サロスならきっと受け入れていれてくれるよね?

 ……でも、もし、受け入れてくれなかったらどうしよう?
 
 おばさんや、お婆ちゃんは嫌だなって言って、どこかいなくなっちゃったらどうしよう……。

 ……そうなってしまったらその時、考えよう。

 これから、どんなことになったとしても、どんな姿になったとしてもちゃんと帰ろう……。
 
 今はただ、あたしを送り出し、待っていてくれている、彼女(ヒナタ)のもとに――――――――





――――へぇーここが、天蓋の中なのか。初めてきたな~

『あの中に、今、サロスとフィリア君がいるのね』

『じゃない? よくわからないけどさ。それで? アカネ、あたしたちが制約を破るかもしれないリスクを追ってまで表の世《おもてのよ》に出てきた理由をそろそろ教えてくれない?』

『……ねぇ、◯◯◯、あの白い光の先にいるのが、ピスティちゃん、なのよね?』

『あぁ、そうだね。既にこの世の理《ことわり》とは異なる存在になっている』

『ねぇ? ◯◯◯、また一つわがままを言っても良い?』

『いっしっしっし……また〜? もーしょうがないなぁアカネは、で、今度は、どんなこと?』

『……たった一つ、最後に願った、あの子の、ピスティちゃんの親友の所に帰るって願いを、叶えてあげて』

『……わかってる? それによって、また、未来が変わるかも知れないんだよ? せっかくあの子が切り開いてくれた未来がさ』

『大丈夫。もし、変わったとしても、きっと、大丈夫よ。あの子たちなら、きっと、どんな未来だとしても、明るいものに変えてくれるわ。サロスとヤチヨなら、あたしは、そう、信じてる』

『……いっ、しっしっ!! いいよ! わかった、アカネ、君のわがままを叶えよう』

『ありがとう、◯◯◯』

『ただ、その後は、彼女も、こっちに来てもらうことになるよ。だって、彼女は、この世の理《ことわり》を外れすぎているから、今のあたしたちと、同じ、だからね』

『……それは、仕方ないわ。でも、ピスティが、彼女がいつかここに来るなら、また、騒がしくなりそうだわ』

『いっしっし、それは楽しみだ』

『じゃあ、お願い。◯◯◯」

『いっしっし、じゃあ最後に、ご褒美だ。…………理《ことわり》の外れの存在よ。せめて、短い、幸福な夢を……最後の、幸せな瞬間を』

 薄れていく意識の中、誰かの声が聞こえた。懐かしく、暖かい声。

 同時に、光が、ゆっくりと晴れていく。

 瞬間、あたしの中で何かが離れていく。そんな、気がした――――






――――ゆっくりと目を開けると目の前には、あたしの、世界で一番大好きな親友の、相棒の顔があり、輪郭のぼやけた視界が徐々に彼女の輪郭を捉える。

 あたしと目が合うと、ふっと肩の力を抜いたように小さく息を吐き出すと

 その次の瞬間には夜の月明かりのような柔らかい微笑みを向けてくれた。

『おはよう、ヤチヨ』

 その懐かしい声。
 あたしは真昼の太陽の日差しのような晴れやかな微笑みを向けて

『おはよ、ヒナタ』

 そう小さく呟いた。

 その頬を温かい滴が一筋。

 流れ星のように伝っていった。



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