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Fourth memory 14

「はっ!!……はぁはぁ、ッッはぁ」
「ヤチヨ!? どうしたの? すごい汗よ。大丈夫?」
 
 目の前には、ヒナタの姿があった。

 辺りを見回して、そこがあたしの部屋であることがわかった。

 なんだかずっと長い夢でも見ていたかのような錯覚に陥る。

 ソフィとの戦いでついていたはずの傷が嘘みたいに、すっかり消えて無くなっていた。

 あれは夢? いいや、違う、夢のはずがない。だってあたしはーー。

「ヒナタ、あたし!!! なんで!!! なんで戻ってきてるの!? 天蓋は!! サロスはーー」

 目の前のヒナタに大きな声で問いかける。

 ヒナタは一度大きく目を見開いて驚いていたけれど、ゆっくりとあたしの頭を胸に抱きしめて耳元で呟く。

 トクントクンとヒナタの心臓の音が聞こえ、耳に優しい声が響く。

「落ち着いて、ヤチヨ」
「ヒナタ……」

 あたしは深く、一つ呼吸をしてゆっくりとヒナタから離れた。

「大丈夫? ……悪い夢でもみたの?」
「うっ、うん? そうみたい。えへへゴメンね」

 ヒナタに心配をかけまいと小さな嘘をつく。

 撃鉄を打ち鳴らす銃の引き金の重苦しい感覚や、戦いの最中にソフィに斬られた傷の痛みは間違いなく本物だった。

 もし、あれが夢だというのなら、今のあたしの方がきっと夢をみている。

「本当に、大丈夫? さっきもおかしなこと言っていたし、疲れがたまってるんじゃないの? 栄養剤でも飲んでおく?」
「さっき?」
「えぇ、サロスの声を聞いた、とか言ってたじゃない?」
 
 頭の中がぐるぐると混乱する。
 
 遠い昔のようにも感じる記憶と今の状況が合致する部分を結び付けて整理していく。

 今は、おそらく、あたしが部屋の窓から飛び出したあの時より、少し前の時間ではないかと推測できた。

「あ、そう、だったね」
「? 本当に、大丈夫?」
 
 ヒナタが、あたしを見て心配そうな表情を浮かべる。

「うん。平気! 大丈夫!!」
「ならいいけど……」

 ヒナタは、まだどこか疑っている様子だった。

 これ以上、あたしがボロが出す前に話題を変えた方が良さそうだ。

「そっ、そういえば、ソフィは?」
「ソフィ? ソフィならさっき帰ったわよ」
「そっか、やっぱり自警団は忙しいんだね」
 
 あたしが当たり前に発した言葉に、ヒナタが目を丸くしてキョトンとした表情を浮かべる。

「? えーと、何、言ってるのヤチヨ。ソフィはずいぶん前に自警団を引退して、今は小さな畑を耕しながら生活しているでしょ?」
「えっ?」
 
 ヒナタが言った言葉の意味をあたしは、とっさに理解することができなかった。

「ヒナタこそ、何、言ってるの!? ソフィは、自警団で今はそれなりの立場になって、フィリアの代わりにあたしたちの面倒を……」
 
 ヒナタは、あたしの言葉を聞いて困惑した表情を浮かべる。

 どうやら、ヒナタの言った言葉に嘘はないように思えた……。
 
 ソフィが自警団を引退した? 

 どういうこと? 

 もしかして、アカネさんが言っていたーー。

 未来が……変わった? 

 そんな、あり得ない……でも、だと、するなら、その原因は……。

「ヤチヨ? どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「……ねぇ、ヒナタ、ソフィが自警団を辞めた理由って……」
「え!? えっと、確かヤチヨが天蓋から出てきた時に何者かに負わされた怪我が原因だった気がするけど……」
「それは? いつごろ!?」
「……サロスたちがいなくなってからそう日が経たないころだったんじゃないかしら……ソフィが自分から退団して、自警団を辞めたのは……」
 
 急に吐き気が襲い、もどしてしまいそうになって、思わずベッドの上で丸くうずくまる。

 頭の中がごちゃごちゃになり、何も考えられなくなる。

 あたしの記憶が、ヒナタの言ったように書き換わっていく。

 なのに、以前の記憶……ソフィが私たちの世話をしてくれていた記憶もあたしの中に残っている。

 それは、どちらも真実で……わけがわからなかった。

「ちょっと、ヤチヨ! どうしたの!? 大丈夫!!」

 ……あたしは、サロスとフィリアだけでなく、ソフィの未来も奪ってしまった。

 そんなつもりはなかったなんて言い訳は通用しない。

 その罪悪感から、あたしはたまらず、その場で思いっきり吐く。

 あたし一人の身勝手のせいで、また誰かを不幸にしてしまった。

「ヤチヨ!? どうしたの!! ……念のため、検査しましょう! ちょっと待ってて」

 ヒナタが急ぎ足で部屋を出て行く。

 あたしはこの隙に自分の体を引きずり、窓から外へと飛び出す。

 変えなきゃ、変えなきゃいけない……。

 あたしの身勝手のせいで誰かの幸せを……未来を変えちゃだめだ。

 靴も履かず、無我夢中で走る。

 足の裏の皮が捲れて血が滲む、でも、そんな痛みなんか気にしている余裕はない。
 
 行かなきゃ、あの場所へ! 星の見える丘へ!! もう一度!!!

 大きな二本の木の間を抜けた先、変わらずに星の見える丘はそこにあった。

 あたしは再び目を瞑り、意識を集中させる。

「今度こそ間違えない! 二人を救ってみせる!! だからもう一度、力を貸して!!!」
 
 強く強く願う。どうか、もう一度……あたしは、ソフィの未来を奪いたくないの。

あたしのそんな願いが通じたのか、サロスのピアスが再び淡い光を帯び、広がりゆく白い光の中へと飲み込まれていった。



 今度こそ、今度こそとあたしは何度も、何度も同じ時間を繰り返す。



……


………


…………



……………次で、ごかいめ、だっただろうか、どうしても、サロスもフィリアも救うことができない。

 今いる場所の背後の見えない大きな壁、のようなものに寄りかかり、ため息を吐く。

 目の前に、扉のようなものがあり、その先が光り輝いている。

 あたしは、その不思議な場所を、仮に『出口』と名付けていた。

 この『出口』を抜ければ、あたしはまたあの日の繰り返す前のベッドの上へと戻ることが出来る。

 気付いたのは二回目の時、いつもなら、さっさとこの『出口』を抜けているんだけど……。

 流石に、少し疲れてしまったのかもしれない。やり直す度、時間は戻るけど、その時の経験はあたしの中にしっかりと残っている。

 あたしは、よんかい、あの日までのサロスと過ごす四年間を繰り返してきた。

 つまり、あたしは実質、既に16年の歳月を生きているということになる。

 
 ……16年。それは、あたしが天蓋に入るまでに生きていた年数とほぼ同じくらい。

 つまり、人生をほとんどやり直しているのと同じくらい長いものだった。

 冷たくも、暖かくもないこの場所で、座り込む。
 
 ここで、泣いても喚めいても笑ってもが怒っても、何も聞こえてこないし、何も見えない……。

 ここには、音も匂いもないのだから。
 
 今、あたしがわかる確実なことは、大きな壁のようなものがある小さく開けた場所とやり直すために戻れる出口があるということだけ。

 終わりの見えないこの繰り返しの時間の中で、あたしには気をつけていることがあった。

 それは、一度目の失敗から学んだ。極力、関わる誰も肉体的に傷つけず、致命傷だけは避ける、ということ。

 ソフィとは必ず天蓋内で戦うことになる、だから、その際は、一回目の銃ではなく、小型のナイフを使って挑むことにした。

 最初はその戦いに苦労したけど、何度か戦っているうちに慣れ、あたし自身の被害も少なくなり、今ではほとんど怪我もしなくなった。

 そして、四度も無駄に繰り返していたわけじゃない。

 いつ終わりが来てしまうかもわからないこの繰り返し。

 一回一回、心をすり減らしてきた。

 結果的にこの『出口』この場所にいる時だけが僅かに落ち着ける時間となってしまっていた。 

 大きく息を吐き出して目を瞑る。

 これまでの失敗を反芻して、何がよくなかったのか考える。

 もしかしたら、次で、終わりになるかもしれない。

 いや、これで終わりになるかもしれない。

 そんな気持ちが今回膨らんで出口にすぐ向かえなかったのかもしれない。

 常にそうした恐怖と隣り合わせの中ででもやるべきことはやらなくてはならない。

 これまでの情報を整理する中でいくつか他にもわかったことがあった。



続く

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