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猫稲荷

あら、いらっしゃい。
ちょいと、お客さん、少し席を詰めてくれるかい?
ああ、申し訳ないね、古いなじみに席の一つも出せないんじゃ酒場をやってる意味もないもんねぇ。
アンタ、いつものかい?
ボトル?、飲んじまったサ。
ずっと顔見せないような不義理のボトルとっとく道理はないねぇ。
アタシ?
アタシは飲まないよ。
ああ、いつもの通りにミルクさね。
素面とは飲めないって?
ノンベだねぇ。
可愛い子と飲みたいなら、ほれ、そこの角を曲がった店にいきな。
ここにゃオバンしかいないんだ、女としちゃとっくに賞味期限切れだあね。
よしなよ、お世辞なんて言ったって何も出てきやしないよ。
払うモンさえ払ってくれりゃあ気なんて使う必要はない、ココはそういう店さ。
で、今日はどうしたんだい?
ああ、お客さん悪いね。
勘定はそこに置いてっておくれ。
毎度ありがとうよ。
あら、そっちも行くのかい?
釣りはいらねぇって随分格好いいこというじゃないか。
ああ、ありがたく頂戴いたしますよ。
申し訳ないねぇ。

カラン・コロン

で、また二人きりだ。
よしなよ、変な気は起こさないほうがいい。
女抱きたいなら他所行っとくれ。
アタシ抱いて幸せになった男なんていないんだからサ。
しかしなんだね、相も変わらずアンタのツラは悪いねぇ。
馬鹿になんてしてないよ。
男の顔には凄みがないとねぇ。
芯のある顔だよ、アンタは。
え、惚れたかって?
惚れやしないよ。
ああ、酒かい?
ミルクでよければ相手するさ。
ココはそういう店だからね。

トンッ。

再会に。

チンッ。

で、一体なんの用だい?
用もなくこの店にくるアンタじゃないからねぇ。
ええ、昔話?
よしな、女の過去聞くなんてのはモテないヤツがやるコトだよ。
ああ、そうかい。
まったく・・・これだからモテない男ってのはねぇ。
何が聞きたいんだい?
え、ダンナ?
あの宿六の話なんてなんで聞くんだい?
まったくロクな甲斐性もないのにアタシと暮らしたいだなんてねぇ。
暮らしたんだろって?
ああ、暮らしたサ。
まったく酷い暮らしだったよ。
食べるものにもコトかいてねぇ。
なんで出てかなかったかって。
さてねぇ、自分の食い扶持はどうにでもなったからねぇ、アタシは。
ハハッ、ダンナの分なんて稼いでやんないさ。
そこまでは”出来ない”んだよ、アタシにゃ。
仕方ないさ。
惚れてたかって?
惚れた腫れただけじゃないのさ、男と女は。
今はどうしてるって。
さあ、知らないよ。
出てったまま戻らないのさ。
何で待ってる?
アンタも野暮だねぇ、引っかいてやる為に決まってるじゃないか。
ただ待ってるだけじゃぁ生きていけないからこんな店やってるのサ。
アタシも年だし、若い娘も出てくる。
仕方ないさ、世代交代ってヤツだね。
難しい言葉知ってるじゃないかって?
馬鹿にすんじゃないよ。
それで、ダンナの何が聞きたいんだい?
居場所?
居場所ならアタシが知りたいよ。
待ってるのはもうくたびれたんだ。
待たなきゃいいって?
そりゃぁ無理だね。
何故って?
だからさっきも言ったろ、引っかいてやるのさ。
そうさ、だから生きてるのさ。
尻尾が二つに分かれてまでもね。
ああ、行くのかい?
そうかいそうかい。
なあアンタ、ダンナにもしも会ったら言ってやっておくれよ。
約束してくれたらボトルはキープしとくからさ。
なんて言えって?
引っかいてやるから早く帰って来いって。
じゃなきゃぁ、アタシはおばあちゃんになっちまう。
おばあちゃんだって魅力的だって?
馬鹿言うんじゃないよ、いっぺんそこの角を曲がった店に行ってごらん、考えがすぐに変わるから。
行ってみるって?
ああ、ヤダよ、コレだから男はスケベエで。
それじゃあね、またおいでよ。
ボトルはしっかりとっとくからね。
アンタが好きなマタタビ酒を。

カラン・コロン

裏通り、月見荘裏手の稲荷に店がたつ。
まん丸満月の晩に。
何故か稲荷の社に招き猫。
そこの狐はある日出かけて帰ってこない。
それでも月見荘の住人は、狐が帰って来ると信じてる。
満月の夜、女主人の店に行く。
待ち人招けぬ招き猫。
以前は美しい白猫だったというお話。
今は昔、昔は今の物語。

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