ファンタジー
なんとなく気になったのだ。
そう、はじめはなんとなく。
違和感、といってもいいかも知れない。
楽しそうにしゃべっているのに、どこか、さびしげで。
とても信頼していると言っているのに、相手もそれを信じているのに、でもどこか歪で。
何故そう思ったんだろう?
彼は隠していた。
いや、隠していたは正確ではなくて、意識しないで、意識にそれが上ることさえ拒否して生きてきたのだ。
そこにとても惹かれたワケではなく、むしろソコに嫌悪して、私は彼に接近していった。
私の正義に、私の生き方に彼は異質だったのだ。
異質すぎたのだ。
だから許せなかったのだ。
それを認めたら、私がそうなってしまいそうで。
接近して、近づいて、取り込んで、排除しようとしたのだ。
彼の生き方を。
「だから私はこっちの映画が見たいっていったのに!」
軽く頭を小突きながら私は彼、川原望に悪態をついた。
前評判からグダグダだった映画のロードショウを今見てきた所だ。
「だって見たかったんだもん」
嬉しそうに望はおどける。
私が見たかった映画は前評判も良く、友人の弁によれば面白かったらしい。
だから私はかたくなに主張したのだ、「バビロン戦記」を見よう、と。
だけど望の主張は私よりかたくなで、普段はまったく発揮されない断固とした態度で「たじろぎの王子様」を見ようと主張した。
つまらなかったらスタバのトールサイズの約束で私はそれに付き合った。
結果、私は・・・望の弁によれば「泉のいびきはドルビーサウンドにも負けない」っと少々あきれられるほどの熟睡を得て最近の睡眠不足をすっかり解消してしまった。
「さ、スタバ行くよ」
すっきりした頭で約束を思い出し、ショッピングモールの中にあるスタバに私は勝手に向かった。
後ろを振り返る必要はない。
どうせ望はよたよたとついてくる。
そして私がキャラメルマキアートを頼んだときにやっぱりおずおずと後ろから出てきて会計を済ませた。
ちなみに望は抹茶ラテを好む。
席について向かい合い、私は大きくため息をついた。
何故私はコイツと会っているのだろう。
ハッキリ言って・・・あまり楽しい時間ではないのだ。
前の彼氏が私の元から去って二年、一向に新しい出会いに向かわないのを見かねた友人がその彼氏の友達として紹介したのが望だった。
あまり格好が良いとはいえなかったが気も利くし何より優しかった望はその頃少々、人生に疲れていた私には魅力的に映った。
何度か友人を交えて会い、その後二人で会うようになった。
だが、私達がそれ以上の、いわゆる男と女の関係になったコトは今のところない。
友達ではない気がするが恋人ではない。
友達以上、恋人未満・・・とはまた違う。
何故か、望がつかめないのだ。
白状すれば私は甘ったるい恋愛感情を望に抱いていた時期がある。
そしてその頃私は同時にこう思ったのだ。
この人は、私に、本当のコトを、何一つ、さらしていない。
私がほれたのは結局、望のうわっつらだったのだ。
底抜けに優しく、”何をしても”怒らない、望むのうわべ。
そこまで思考をめぐらしてキャレメルマキアートを口にふくんだ。
まだ冷めていない。
私は猫舌なのだ。
口の中をやけどした。
むしゃくしゃして紙ナプキンを丸めてなげつけた。
「暴力はいけないと思うな」
などといいながらまた望はおどける。
それが腹立たしい。
望を私に紹介した友人は「優しい人だよ」っと言った。
確かにそうだった、でも違った。
優しいんじゃなくてそうしないといけないという強迫観念というか、義務感というか、捨てられてしまうのではないかという恐怖というか、そういうものがない交ぜになった感情がそこにはあるのだ。
だから何をされても怒らないし、許してしまう。
そしてその感情は何十にも隠されて普通は見えない。
私が気付いていることを、望は多分知らない。
私は望の優しさに一方的に甘えて、あるいはその感情を利用して、私の中の何かどす黒いモノを全部吐き出しているのだ。
まるでサウンドバッグ。
そしてそのサウンドバッグはサウンドバッグであることを望み、そういう生き方しかしらない。
それを知って叩くのは、ある意味快感で、同時に空しく、そして別のもっとどす黒い感情を私の中に貯める。
一瞬スッキリした後にくる嫌悪感は格別だ。
だから望と会うのは楽しくない。
「さっきの映画、面白かったの?」
くだらない考えは捨て、サウンドバッグはサウンドバッグとして叩くために口を開いた。
「楽しかった、っていうかまあ予算はかかってないって感じ?」
「何言ってるの?面白かったかを聞いてるんだけど?」
「ああ、面白かった。色々考えさせられるものがあったよ」
まったくイライラする、物言いだ。
「考えるって何を?」
「う~ん、あの作品の背景にある国民性とか」
「はぁ?そんなこと考えながら映画見てるの?」
「うん」
そこで望はようやく抹茶ラテをすすった。
何をかくそうヤツも猫舌だ。
「無論ストーリも楽しむけど、でも例えば日本人とは思考のカタチが違うよね。一方的な正義ってやっぱ一神教の精神だし、だからこそ正義が揺らいだ瞬間は弱いよね」
「何言ってるかわかんない」
そもそもストーリーを知らない。
寝てたのだ。
「そして興味もない、つまんない」
一瞬望はいじけた顔をして、そして黙って抹茶ラテをすすった。
われながら思う、私は勝手だ。
普通、こんなコト言われたらキレる。
でもキレない。
だからやる。
私は我が侭だ。
だけど、だからこそ我が侭を際限なく許す望みたいな人間は天敵でもある。
際限がなくなっていくのだ。
いつか壊してしまうのではないかと思う。
でも壊れないとも思う。
それだけ、望の感情は底なしに・・・暗い。
出来れば望の本音を知りたい。
一番知りたいのは・・・私を、愛しているか。
もう一回、今度はもっと正直に白状しよう。
私は望にまだ甘ったるい恋愛感情を抱いている。
それも会えば会うほど募る。
つらいくらい募る。
最近の寝不足はすべてそのせいだ。
何度告白しようと思ったか。
言ってみたい、乙女チックに「好きです、付き合ってください」
言えるワケがない。
私は我が侭故に、臆病なのだ。
私の我が侭を聞いてくれなかったら辛いじゃないか。
でも、このままじゃ、きっと私の心は、お腹が空いて動けなくなってしまう。
私は、望を、
「愛してる」
勝手に言葉がこぼれた。
少々、寝不足がたたったに違いない。
「は?」
望が挙動不審だ。
愛されることはないと、自分は誰かのサウンドバックではなければ生きられないと”勝手に決めた”その顔に動揺が走っている。
「私は望を愛してる」
その顔があまりに面白くて、私のSっ気が刺激されてついつい名前まで入れて言ってしまった、愛してると。
「私は望を勝手に愛してる。どうしようもなく。アンタの意思なんて何も関係なく」
ああ、そうだ、
「だから望は私に抱きしめられなくちゃいけないし、それを拒否する権利なんてアンタには一切ない」
サウンドバッグは叩かなくちゃ、叩かれなきゃその”存在意義”を失ってしまうんだ。
「私は望と結婚する」
一生叩き続けるために。
誰一人、恐らく自分すら信じていない望を私は勝手に愛する。
たぶん一生、望は私を信じない。
だけどそんなの関係なかったんだ。
私達は、それでよかったんだ。
私が一生望を愛していけば良かったんだ。
「はい以外の返事は聞きたくないし、言わせない」
椅子から腰を浮かせて望の胸倉をつかんで引き寄せる。
そしてキスをした、乱暴に。
プロポーズのカタチは色々あるけど、スタバの真ん中で一方的になんて夢にも思わなかった。
昔何かの漫画で読んだ台詞に「豚小屋の前で恋に落ちたカップルを知ってる」なんてのがあったな。
「分かった?」
顔と顔が近い。
恥ずかしい。
愛してる人とキスするのがこんなに恥ずかしくて幸せなコトだとは思わなかった。
「はい」
望は言った。
当然だ。
私は我が侭で、望は際限なくそれを許すんだから。
望がつかめなかったのは私の怠慢だ。
愛で、叩いて叩いて、叩けば良かった。
「望、貴方は私に朝のコーヒーを毎日淹れるの。少し、ぬるめでね」
何故なら私達は猫舌だから。
私の一方的な愛と、ただひたすらそれを受け入れる望のうわっつら。
きっと望の本当なんて何一つ分からない。
でもそれでいい。
私は望を、
「一方的に愛してる、徹底的に愛してる」
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