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『赤ら顔のタフガイ』 #パルプアドベントカレンダー2020

「さあベッドに入って。……よし、今日はどの絵本にしようか」

「ねぇダディ、どうして、ペッカお爺ちゃんのお顔はいつも真っ赤なの? どうして、ほかのお爺ちゃんと違うの?」

「え?」

唐突な質問に、トゥオマスは言葉を詰まらせた。ことし7歳になった娘のまなざしは、真剣そのものだ。なんと答えてあげればよいのか。トゥオマスはベッドサイドの椅子に腰かけ、娘の頭を撫でながら考えた。

「……リヤ、どうしたんだい? 突然そんなことを聞くなんて。これまで気にしていなかったよね」

「お友達がね、悪口を言うの。お前のお爺ちゃんはいつも顔が真っ赤だ、お酒のせいだろ、だらしない、って」

「そっか。……リヤ、たしかにね、お爺ちゃんの顔が真っ赤なのは、お酒のせいなんだ」

「え? でもお爺ちゃんがお酒飲んでるの、リヤ見たことないよ?」

「そう。そこが大事なポイントだ。いまはもう、一滴も飲んでいない。ずっとむかしにやめたからね」

「じゃあどうして、お顔が赤いままなの?」

「うん、それはね。まだパパが子供のころ、ある出来事があって……そのせいなんだ」

「そのお話、聞きたい!」

「…………よし。じゃあ、今日は絵本をやめて、少しお話をしようか」

「やった!」

「……むかしむかしの、お話だよ。まだパパが、リヤと同じくらい小さかったころのお話。あれは……そう、今日みたいにクリスマスが近くて、みんながウキウキしていた日だった……」

この村は、いまよりも特別な村でした。
毎年、クリスマス・イヴ・イヴになるとサンタさんが村にやってきて、8人の男女を選ぶのです。若くてイキのいい、タフな男女を。

サンタさんに選ばれるということは、本人にも、その家族にも、とても名誉なこと。

なぜなら、選ばれた8人はサンタさんのソリを引き、サンタさんと一緒にあちこちの村を巡り、子供たちにプレゼントを届けるのです!

「トナカイさんじゃないの?」

「昔はね、ちょっと違ったんだ」

……その年もサンタさんがやってきて、雪積もる広場に集まったビキニ姿の男女を見渡しました。
ガチムチの男女は得意のポージングで自分をアピールし、その家族や友人がエールを送っています。
「大胸筋デカいよ! 大胸筋!」
「キレてるぞ! ナイスカット!」
「脚がゴリラ! 腕もゴリラ! もうゴリラだ!」

じっくり品定めしたサンタさんは指をさし、最初のふたりを選びました。
「……まずはそこのオメェと、そっちのオメェ」
選ばれたダッシャーとダンサーは、全身の筋肉をパンパンにさせながら大喜び。サンタさんのソリ引きはタンデム式で、ふたりずつを縦のラインで繋げます。ふたりひとくみ、縦に4列。そして選ばれた順番が、隊列の順番。
先頭のふたりはリード・マッスルと呼ばれ、賢さと直感力、牽引力が求められる重要なポジションです。ダッシャーとダンサーは、その素質があると認められたのです。

「あとは……オメェと、そこ、隣のオメェ。それにオメェと……オメェ。残りのふたりはオメェと……」
サンタさんは次々と指をさしました。プランサー、ヴィクセン、コメット、キューピッド、ドンナー。村の誰もが認める、とびきりタフな男女ばかりです。
さあこれで7人が選ばれました。あとひとりは誰でしょう。

「最後は……あー、んー、そこ、赤ら顔のオメェ」
サンタさんはしばらく迷ったあと、広場の隅っこのベンチに座っていたペッカを指しました。

「お爺ちゃんだ! サンタさんに選ばれたの?」

「そうだね、でも……」

「待ってください!」
最初に選ばれたダッシャーが、大きな声で言いました。
「サンタさん、よく見てください。そのペッカという男はお酒ばかり飲んでいて、いつも顔が真っ赤で、足腰がフラフラです。そんな男とソリを引きたくありません!」
ダッシャーの言葉に、他の6人もうんうんと頷きました。
「そうよ。ペッカとはごめんだわ」
「あいつ筋トレしてねえだろ」
「命懸けのソリ引きだ。酒びたりのペッカは勘弁しとくれ」
「お、お腹がすいたんだな」

村人たちの注目を浴びたペッカは、何も言い返しませんでした。何も聞いていないようにも見えました。ぼんやりと灰色の空を見上げ、ウォッカの瓶を繰り返しあおっていました。

まっさきにペッカを非難したダッシャーでしたが、その顔はとても寂しそうでした。なぜなら、ふたりは幼馴染で、小さいころから一緒に体を鍛え、お互いライバルとして認めあう仲だったのです。

しかし、ペッカとダッシャーのすてきな関係は、いつまでも続きませんでした。

きっかけは、ペッカの妻が、若くして天国にいってしまったことでした。ペッカはもともと物静かな男でしたが、ますます無口になりました。あまり飲まなかったお酒をたくさん飲むようになり、すぐに村一番の大酒飲みになりました。幼い息子トゥオマスを育てるために仕事は続けていましたが、職場でお酒を飲んだせいでクビになったこともありました。仕事がない日はいつも酒瓶を持ってフラフラとどこかに出かけ、いつ見ても真っ赤な顔をしていたので、みんなから笑いものにされていました。

ダッシャーは、すっかり別人になってしまったペッカに、お酒を控えるよう口酸っぱく言い続けました。ソリ引きの選抜年齢を迎えるまえに、なんとかペッカを立ち直らせたかったのです。また一緒に、筋肉を愛で合いたかったのです。しかし、ペッカの態度は変わりませんでした。やがてダッシャーはあきらめ、ペッカから離れていきました。


……そんな過去は知ったこっちゃないサンタさんですが、白い髭をしごきながらしばらく考えました。
そして、8人目を選び直しました。
「じゃあ、オメェはやめだ。そっちのオメェ、ホレ、チョビヒゲの」
選ばれたのはブリッツェン。彼もなかなかのタフガイとして知られていました。外されたペッカは、相変わらず座ったまま、虚ろな目でお酒を飲んでいました。

そのようすを陰から見ていたトゥオマスは、怒っているのか、悲しんでいるのか、よくわからない顔で口をぎゅっと結び、人知れず泣いていました。

「ダディ泣いちゃったね」

「いろいろなことが悔しかったんだね。さ、お話は続くよ」

そして次の日、クリスマスイヴの晴れた朝。
広場に一番乗りしていたサンタさんは、プレゼントを満載したビッグサイズのソリとともに、8人を迎えました。

「ソリとプレゼントはどこからきたの?」

「サンタさんの魔法だと言われていたけれど、だれも見たことはなかったね」

「へー」

村人たちもおおぜい広場に集まって、最高のチーム、最高の筋肉に仕上がった8人に惜しみない歓声をおくりました。広場にペッカの姿はありませんでした。

サンタさんは毎年そうするように、大声で名前を呼びました。
「ほれダッシャー! そらダンサー! それプランサー、ヴィクセン! 行けコメット、行けキューピッド、ドンナー、ブリッツェン! あの山こえて駆けまわれ! 子供のために気張って走れ!」
ふとふとのサンタさんと、たくさんのプレゼントを積んだソリは、とてつもなく重いので、並大抵の人間では動かせません。ですが選ばれし8人の筋肉にかかればなんのその! ソリはゆっくりと、雪の上を滑りだしました。
ビュン、ビュン! ビシッ、バシッ!
サンタさんの特別な鞭が風を切り、8人の筋肉を刺激します。
ビュン、ビュン! ビシッ、バシッ!
鞭打つたびに、ソリのスピードが上がっていきます。
「ヒッ、ヒッ、フゥー。ヒッ、ヒッ、フゥー」
8人の呼吸がピタリと合うと、ソリはぐんぐんぐんぐんスピードを上げて軽快に走り、やがてデスマッスル・マウンテンにさしかかりました。

「デスマッスル・マウンテン?」

「そう。筋肉やぶりの山とも呼ばれていてね。この部屋の窓からいつも見える、あの大きい山がそうだよ。いまは真っ暗で見えないね」

「え! あれを登るの?」

「そうだよ。リヤはまだ知らないけどね、他の村に行くには、あの山を越えないといけないんだ」

「大変なんだね」

「うん。そうやって山や谷を越えて、いくつも村をまわるのさ。大変だよ? プレゼントはクリスマスイヴにぜんぶ届ける必要があるからね。休む暇なんてない。だからサンタさんは、とびきりタフな人間が育つこの村でソリ引きを集めたのさ」

「へー」

とてもとても急な登り坂。
毎年のように8人の誰かが命を落とす、手強い場所です。今年はとくに雪が多く、腰まで埋まってしまうほど深く積もっていました。それでも8人は足を前に、前に動かして、ソリを引きます。

……と、そのときです。
びゅうっと強い風が吹きはじめ、太陽の光は薄らぎ、みるみるうちに灰色の雲が空を覆いました。雪です。それは何十年ぶりかの、とてもとても強い吹雪でした。するどい針のような雪が強風に乗って8人の筋肉に襲いかかり、ソリのスピードはどんどん落ちていきます。
ビュン、ビュン! ビシッ、バシッ!
ビュン、ビュン! ビシッ、バシッ!
サンタさんは険しい顔で激しく鞭を振るい、8人の筋肉をフルマックス・パンプアップモードへと導きました。
「ほらダッシャー! そらダンサー! それプランサー、ヴィクセン! 行けコメット、行けキューピッド、ドンナー、ブリッツェン! 吹雪を抜けて村から村へ! 子供のために死ぬ気で走れ!」
寒さで縮こまった筋肉に体液がかけめぐり、パンパンにパンプアップされた8人は死にもの狂いでソリを引きました。

「わあ!」
とつぜん、最後列を走っていたブリッツェンが叫びました。なんと、隣のドンナーが力尽き、倒れてしまったのです。スタミナ自慢の最後列はホイール・マッスルと呼ばれ、チームにとっては縁の下の力持ち。その片方が欠けてしまったソリは、あっという間にスピードを落としていきました。
「チッ、もうへばったか」
サンタさんはすぐさまドンナーを切り離し、7人に気合を入れ直しました。
「ほらダッシャー! そらダンサー! それプランサー、ヴィクセン! 行けコメット、行けキューピッド、ブリッツェン! 何がなんでもとにかく走れ! 子供のために死んでも走れ! どうした! オメェらの筋肉は飾りもんか? オメェらの筋グリコーゲンはそれっぽっちか! 足を前! ほれワンツーワンツー!」
ビュン、ビュン! ビシッ、バシッ!
ビュン、ビュビュン! ビシシッ、バシシッ!
「ワンツーワンツーだ! スリーフォーすんな! ケツの穴しめて足を前にだせ! バブバブのハイハイにも負けてんぞ! ほれワンツーワンツー!」
ビュビュン、ビュ、ビュビュン! ビビビシッ、バシッ、バシバシッ! ボビュンバシッ! バビュンバシッ! ビュンバシッ! ビュシッ! ビッ! バッ! ボッ! ボボボッ! ビュルルルルッ! ブボボボボッ!
ふたたびソリのスピードが上がっていきます。アッツアツの筋肉が雪を溶かし、もうもうと湯気が立ちのぼります。その湯気と吹雪が、彼らの視界をさえぎりました。

「あぶない!」
今度は先頭のダッシャーが叫びました。ドスンと鈍い音がして、ソリが止まってしまいました。サンタさんがソリから降りて、ようすを確認します。
「あーあーあー、オメェらやってくれたなぁ」
ダッシャーは無事でした。しかし、一緒に先頭を走っていたダンサーがおでこから血をビュービューと噴き、白目をむいていました。視界が悪いせいでうまく先導できず、大木に激突してしまったのです。

さらに困ったことに、先頭の後ろを走っていたポイント・マッスルのひとり、筋肉乙女のヴィクセンも倒れていました。体力を使い果たしたのか、死んでしまったのか。その美しい筋肉は、ピクリとも動きません。

「ヴィクセン! いやよそんな!」
ヴィクセンの隣を任されていたプランサーが叫び、ショックのあまりその場に座り込んでしまいました。ふたりは大の仲良しで、揃ってポイント・マッスルに選ばれたことをとても喜んでいたのです。ソリ引きとして筋肉と同じくらい大切なマッスル・メンタルをやられてしまったプランサーは、立ち上がることができませんでした。

「みんな大丈夫なの?」

「どうだろう。続きが気になるよね」

ドンナー、ダンサー、ヴィクセン、プランサーの4人を失い、ソリ引きの力は半分になってしまいました。
ダッシャーは雪穴を掘って休憩することを提案しましたが、サンタさんの答えはノーでした。
「いいかホワイトチョコボール。耳かっぽじってよく聞け。オメェらが休憩だのなんだのブー垂れてこのまま時間が過ぎちまうとよぉ、吹雪はさらに強くなるに違いねぇ。あっというまに雪に埋もれるぞ? 一歩も身動きがとれなくなるぞ? 今のうちにこの山を越えねぇと全員がおっ死んで、ノー・プレゼントでフィニッシュした子供たちは寂しいクリスマスを過ごすハメになるってスンポーだ。いいのかそれで! ああ? いいのか? いいわけねぇよなあ! ったら走れやぁ!」
サンタさんはそう言って、力尽きた者を切り離し、声をふりしぼりました。
「ほらダッシャー! コメット! 行けキューピッド、ブリッツェン! おら行けっ! 行けっ! 行けっ! 行けっ! 行けっ! 行けや! ……行けっ、……行けっ!」
4人は歯を食いしばってソリを引き、のろのろと前進しました。しかしデスマッスル・マウンテンも、吹雪も、そう甘くありません。やがてサンタさんがいくら鞭を打っても、名前を呼んでも、4人は一歩も前に進むことができなくなってしまいました。

もうだめだ。
4人のマッスル・メンタルは限界です。ギンギンにみなぎっていた筋肉もすっかりしぼんでしまいました。毎年いくつものピンチを乗り越えてきたサンタさんも、ここまで追い込まれたことはありませんでした。
このまま雪に埋もれて死ぬんだ。
全員が、覚悟しました。
子供たちに申し訳ない。
マッスル・ジ・エンド。
全員が、そう心の中でつぶやきました。


……そのときです!
後ろのほうから、ギュ、ギュ、と雪を踏む音が、かすかに聞こえてきました。全員が音のほうに振り向き、真っ白な吹雪の先に目をこらしていると、なんとペッカが歩いてきたのです!

「お爺ちゃん!」

「ペッカ!」
ダッシャーは目を丸くして驚きました。ペッカがとつぜんあらわれたことはもちろんですが、その完全に仕上がったプロポーションのまあ見事なこと! そしてさらになんと、ペッカはカボチャのように隆起した両肩に、脱落した4人の男女を担いでいたのです!

ペッカはいかめしい顔でソリに近づくと、ドンナー、ダンサー、ヴィクセン、プランサーの4人を荷台に乗せ、プレゼントと一緒に革製のカバーで覆ってやりました。そして腰に下げていた布袋からウォッカの瓶を取り出し、グイとあおりました。
「スー、ハー……」
グビ、グビ。
「スー、ハー……」
2本目。グビ、グビ、グビ。
「スー、ハー……」
3本目、4本目。グビ、グビ、グビ、グビ、グビ、グビ。
「オェッ、ォロロォーッ……ペッ」
5本目、6本目、7本目……。
そうして酒瓶をカラにするごとに、「赤ら顔のペッカ」と馬鹿にされていた顔面はどんな赤色よりも赤く染まっていきました。全身の筋肉はミシミシと音を立て、ばけものじみたサイズに膨張していきました。
ダッシャーたちは、ペッカの筋肉が発する高熱で暖をとりながら、そのようすを黙って見守りました。そして、確信しました。赤ら顔のペッカこそが、このピンチを救う男だ。彼こそが、ナンバーワンでオンリーワンのタフガイだ、と。

「オメェ……やれんのか?」
サンタさんがペッカにたずねました。
「……」
ペッカは無言のまま、ウォッカを50本ほどカラにしました。それからソリの先頭までフラフラと歩くとダッシャーの隣に立ち、ダンサーが使っていたハーネスを手に取りました。ですがそのハーネスは、人間離れしたペッカの筋肉量に対してあまりにも小さすぎます。ペッカはハーネスの留め具を握力で砕き、ヒモをちぎって結びなおし、1本の長いロープにして腰に縛りつけました。
「……いくぞ」
ペッカは据わりきった目でダッシャーを見つめ、言いました。しかしダッシャーは返事をせず、冷静に考えました。5人のマッスル・バランスをふまえ、隊列を組みなおす必要があったのです。

ダッシャーは恥を承知で答えました。
「ペッカよ。いまのお前なら、ひとりでリード・マッスルを担えるだろう。俺はひとつ退がって、コメットとポイント・マッスルになる。最後列はキューピッドとブリッツェンが」

ペッカは首を横に振り、言い返しました。
「ダッシャー。お前は俺の隣だ。あの頃のように」
ダッシャーの胸に、熱い何かがこみあげました。それを見ていた残りの3人も、己のマッスル・メンタルが湯水のように湧き上がってくるのを感じました。全員の大胸筋がビクンビクンと震え、全員のハムストリングスが歓喜の音を奏でました。
さあ、いまだ。サンタさんが最高のタイミングで号令をかけます。
「ほらペッカ! それダッシャー、コメット、行けキューピッド、ブリッツェン! この山こえて急いで走れ! 子供のためにさあ走れ!」
5人の息がピタリと合い、筋肉を得たソリはふたたび動き出しました。

サンタさんは目のまえで起きた奇跡に心がふるえ、涙と鼻水とオシッコで赤い服を濡らしました。
なんと、5人の筋肉が光り輝き、ひとつの筋肉『One Muscle』となっていたのです!
その光は吹雪の先を明るく照らし、その力は猛スピードでソリを引き続けました。

もう鞭打つ必要はありません。サンタさんは、喉が枯れるまで5人に声援をおくり続けました。
「ナイスバルク! オメェら全員キレてんぞ! 腕がケツみてぇだ! 背筋クリスマスツリー! さあゆけ! このプリケツマッスルモンスターどもめ! 最高だぞ! ハッハー! メリィクリスマァース! メリィー! クリースゥ! マママママママァース! マァース マァース マァース……」

ダッシャーも、雄叫びをあげながら泣いていました。その熱い涙は、氷点下のなかでも凍ることはありませんでした。

ソリは雪を蹴散らし、信じられない速さで山をのぼりきると、ついには空を飛びはじめました。空飛ぶサンタさん一行が村々を巡っているあいだに、倒れた4人も力を取り戻しました。
こうして9人とサンタさんは、無事にプレゼントを配ることができたのです。

助けられた8人は、ペッカを村のヒーローだ、真のタフガイだと褒め称え、村のみんなに言ってまわりました。それからというもの、ペッカを笑いものにしたり、からかう人はいなくなりました。

「……めでたし、めでたし」

「よかったね! ダディも嬉しかったね!」

「そりゃあ嬉しかったよ」

「ねえ、ダディも大きくなってソリを引いたの?」

「いいや。あの年を最後に、タフガイたちのソリ引きは終わったんだ」

「どうして?」

「それは……その理由は、よく知らないんだ」

「そっか。残念だね、終わっちゃって」

「そう、だね」

トゥオマスはぎこちなく微笑んだ。

「……さ。話しを戻そう。ひとつ、とても困ったことが起きたんだ。お爺ちゃん、みんなが吹雪で死んじゃいそうになったとき、助けに来たよね?」

「うん」

「そのときにね、ありえないくらいたくさんのお酒を飲んだせいで……お爺ちゃんの顔は真っ赤になったまま、二度と戻らなくなってしまったんだ」

「え……」

「原因はいまもわからない。なぜ赤いままなのか。あのとき、なぜそんなにたくさんのお酒を飲んだのか、いったい、あのときのマッスル・パワーはなんだったのか。村のみんなが知りたがった。でもお爺ちゃんは誰にも教えなかったそうだ」

「ダディにも?」

「うん。それでね、お爺ちゃんは村に帰ってきたその日、クリスマスの当日から、お酒を一滴も飲まなくなったんだ」

「それからずっとずっと、飲んでないの?」

「そうさ。ほら、お爺ちゃん、何枚もメダルを持っているだろう?」

「お部屋の机に飾ってあるやつ?」

「うん。あれはね、お酒をやめると毎年1枚ずつもらえる、記念のメダルなんだ。お爺ちゃんはずーっと飲んでいないから、たくさんメダルを持っているんだよ。そしてなんと! いまはね、若いころの自分のようにお酒のことで困っている人を、サポートしているんだ」

「すごいね」

「そうだね。だからリヤも胸を張って、友達に言ってやるといい。お爺ちゃんはヒーローなんだぞ! もう何十年もお酒を飲んでいないんだぞ! ってね」

「わかった!」

「よし! じゃあ、もう寝ようか」

「うん。おやすみなさい」

「おやすみ、リヤ」

「……あ! ダディ」

「なんだい?」

「あのね、ひとつお願いがあるの」

☆☆☆

クリスマスの朝。
自室で目を覚ましたペッカはベッドから降り、水差しの水をコップに注いだ。ビキニパンツ一丁のままゆっくりと飲み干し、日課のトレーニングを開始する。
「ヒッ、ヒッ、フー。ヒッ、……ん?」
ペッカは目を細めた。見慣れぬ靴下がベッドに吊るされている。手に取ると、靴下にしては重さがあった。手を突っ込んでみると、それは――ピカピカに光る小さなメダルと、一通の手紙。
書机に座り、手紙を開く。

ペッカお爺ちゃんへ

メリークリスマス!
ダディにお願いして、ふたりでメダルを作ったの!
身も心もタフなお爺ちゃんが、ずっと幸せで健康であるよう祈っています。

心を込めて
リヤより

「……トゥオマスのやつ。余計なことを」
ペッカはつぶやき、『XXXII』と刻まれた無細工なメダルをじっと見つめた。飽きもせず、いつまでも。



(おしまい)

☆…………☆…………☆



■これはなんですか?

2019年に続き、今年も開催! パルプアドベントカレンダーの参加作品です。


■あとがき
ふだんパルプ界隈に関心がない人も浅倉大介&貴水博之しそうなイベントだもんで、できるだけ多くの人がホッコリニッコリしちゃう内容を心がけました。
(※個人の考えです。ホッコリニッコリを保証するものではありません)


■明日(20日)の担当は?
電子パルプ・マガジン『無数の銃弾』の編集長、城戸 圭一郎さんです!
作品のタイトルは『ファイヤーファイター』 (予定)
オタノシミニ!

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いただいた支援は、ワシのやる気アップアイテム、アウトプットのためのインプット、他の人へのサポートなどに活用されます。