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蜘蛛の巣のドグマ

 降りはじめた大粒の雨が、アキトの墓石をつたう。

 泣いてるの?
 ママの涙は涸れちゃった。ごめんね。

 膝を突いたまま雨に濡れていると、足音が近づいてきた。細い参道に目を向ければ、背広の男がひとり。左手の禍々しい腕輪を隠そうともしていない。
 ブラック・ジェネシスの怪人。
 腕輪のモチーフは……蜂。

 怖くない。死ねばアキトの所に行ける。

 立ち上がって、男と向かい合う。
 男がアキトの墓に視線を移す。
「残念だった」
 残念?
 冷えきっていた血がカッと燃えて、思わず男の頬を張っていた。
「殺ったのはヒーロー。だろ?」
 冷静な声に、唇を噛む。

 あのとき。私はすがりついて懇願した。顔も本名も知らない覆面ヒーローたちに。その一員である夫のジンヤに。待って、まだ中にアキトがいるのよ。やめて。なのに彼らは施設ごと――
 たくさん人が死んだ。みんな泣き寝入り。尊い犠牲? いったいヒーローは何を守るために戦っているの?

「俺も同志の半数を失った。木っ端微塵で死体すら……その墓の中も、だろ?」
 男が顎をしゃくる。
 まだ四歳だった。
 私のすべて。夫が家を顧みずとも、アキトがいれば幸せだった。

「なあ奥さん。いや、希代マコ。話がある」

 部屋の暗さと芳香剤の臭いに慣れたころ、家主が帰宅してきた。
 廊下で足音。リビングのドアが開く。照明をつけた愛沢リンが、ソファに座る私を見て悲鳴を上げた。
「ジンヤ……さんの奥さん? 何で」
「なぜ私がゴッドイエローの正体を知っているのか……昔ね、探偵を雇ったことがあるの。夫の浮気調査」
 立って、念じる。天井の風船みたいな人面蜘蛛たちが糸を放ち、彼女を拘束する。
「ちょ、何なの!」
「指、すべすべね」
 変身リングを抜き取る。
「か、返して!」
「お仲間の正体、教えてくれる?」
 蜘蛛を模した黒い腕輪を見せつけると、可愛い顔が醜く歪んだ。
「それ、アンタ」
「喋れば楽に死ねるわよ」
「待って、やめて」
「待たない。やめない」
 ガチャン。
 玄関の鍵が回る音。
 誰?

【続く】

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