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不死者たちのネクロロジー

 パパが女を連れ込んだのは、家族の思い出が詰まった別荘だった。
 枯れ枝が刺々しい森の中、細い林道の終わりにポツンと建つ木造のそれは、幼い頃の記憶よりもずいぶん小さく思えた。
 パパのジープの後ろに車を停める。
 深呼吸。
 助手席のジョーが、咎めるような目で私を見た。
「なによ」
「充分だろ。叔父さんも男なんだ、わかってやれよ」
「ぜんぜん理解できない」
 ママが死んでまだ一年。もう女を作って、それが大学生の私と同い年くらいで、ここを使うなんて。
「行ってくる」
「GPSトラッカー、回収しろよ。リアバンパーの裏」
「わかってる」
 そっとドアを閉めて、砂利を踏みしめる。

 玄関のドアノブを握ると、鍵は開いていた。静かに身を滑り込ませる。昔のままのリビング。二人はいない。
 階段をのぼる。
 パパとママが使っていた寝室のドアは閉まっていた。耳を近づけてみる。何も聞こえない。
 深呼吸。
 ドアを開けて、飛び込んだ。

「え?」

 赤く染まったベッドの上に、あの女が寝ている。下着姿で血だらけ、傷だらけ――死んでる? 死んでる!
「アンバー」
 名前を呼ばれて心臓が跳ねた。窓際のソファに、真っ赤に濡れたパパが座っていた。膝の上に大きなナイフ。
「パパ、怪我してるの? 何これ?」
「お前にだけは見られたくなかった」
「冗談やめて、お願いパパ」
「ママのせいなんだ」
「何それ意味わかんない!」

「あー、いてぇ」

 知らない声にぎょっとしてベッドを見ると、女が胡座をかいていた。
 一瞬、喜んでしまった。パパは殺してない。きっとみんなで私を騙してジョーが動画を撮っているんだ。でも女の胸やお腹はズタズタで――
「いきなりメッタ刺しって。芸がないね」
「お前……死なないのか?」
 ポカンとしていたパパが、歯を剥いて笑った。
「自分だけだと思ってた? 来なよ」
 女が中指を突き立てる。
「いいぞ!」
 パパがベッドに突進、女はカンフー映画みたいにフライングキック、ピンク色の腸が舞って、パパの頭が破裂した。


【続く】

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