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ハリー・ザ・シャドウプリースト

『――午後から雲が減り、マイアミの最低気温は昨日より三度ほど上がるでしょう。今日はこの曲でお別れです。よい一日を』
「遅れちゃう!」
 慌ただしく廊下を走るケイトの声がキッチンに届き、ラジオから流れるサルサを掻き消す。
「忘れ物は無いか!?」
「だいじょうぶ!」
「先生の言いつけを守るんだぞ!」
「はーい! ……っしょと。行ってきます!」
 ドスン、と玄関ドアの重い音。ハリーは肩をすくめて微笑み、ハミングしながら卵に水を混ぜる。手早くスクランブルエッグを作り、ケイトが残したオートミールと甘ったるいフルーツ、そして煮詰まったコーヒーを几帳面に並べ、祈りを捧げる。テーブルの上の娘と目が合う。写真の彼女は産まれたてのケイトを抱き、とびきりの笑顔で今日も父を慰める。
 洗い物を済ませ、殺風景な地下室へ。ベンチプレスまで終えたところでホットラインが鳴った。汗を拭い、スピーカーフォンにする。
『大統領』
「スー。ハリーでいいと何度言えば」
『すみません、ハロルド元大統領。また死体です』
 キャソックアーマーに袖を通しながら、ハリーは歯噛みする。時折バミューダ海域に人が誘われ、”凶暴な存在” になって戻って来る。元凶を叩こうにも、ケイトの父親が海域のどこにいるのか見当すらついていない。
『数は四。サウスビーチから上陸、現在位置はダウンタウン。沿岸警備隊と交戦中』
 ハリーの心臓が一瞬止まる。いつもより南。ケイトたちを乗せた装甲バスが近くを通る頃。もし巻き込まれたら賊徒対策の武装教師ではどうにもならない。
「了解、対処する。アーメン」
『アーメン』
 超高圧パイルガンに洗礼ドラムマガジンを装着し、スキットルの聖水を煽る。クアッドバイクに飛び乗り、ハッチが開き切る前にフルスロットルでスロープを駆け上がる。市道に出ると鼻毛が一瞬で凍り、針のように鋭い粉雪が老体を襲う。樹氷の隙間から覗く海は揺れることを諦め、今日も白い絨毯の下で眠っている。

【続く】

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