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#9 先生

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無事、佐渡から生還したT氏、そして、脚本の国へと渡り、いろいろあった私とN氏。そして、いよいよ人間の心を取り戻した、脚本の国のふじきさん。ようやく4人が揃い、今は、この小さな喫茶店で、せせこましくテーブルを囲み、コーヒーを飲んでいる。集まったのは他でもない、原作者の田島列島先生に会いにいくためである。集合時間よりかなり早めに待ち合わせした我々は、わずか10分で話すことは話し、ほとんど時間を持て余していた。約束の時間まで、まだ1時間近くある。今はただ、少しぬるめのコーヒーを、四人でズルズルとすすりながら、待つよりなかった。

pro9コーヒー

「あの、どうして、小説家とか漫画家とか、あと、画家とかは、みんな『先生』って呼ばれるんですかね?」
ふと、N氏が尋ねたが、その問いに答える者はいなかった。誰もその明確な理由を知らなかったのだろう。
「田島先生は、いったい、どんな人なんでしょうね」
N氏が答えを待たず、話を変えた。だが、その問いにも、答える者がいなかった。要するに、まったくわからないのである。前にも書いたが、原作のイメージが本人とは限らない。全身刺青だらけという可能性だってある。鼻にいくつものピアスをして、「たじまです」と言われたその日には、我々は、言葉を失うだろう。そもそも、列島という名前は、男性なのか、女性なのか。そのミステリアスな名前も手伝ってか、我々は、想像するしかなかった。

\「いい人じゃないですか?きっと」
T氏が言った。その首には、金のネックレスがぶら下がっている。
「漫画読むかぎり、そんな感じですよね、ユーモアあって、楽しげで」
N氏が続けたが、私とふじきさんが、首を傾げた。
「違うんですか?」
ふじきさんが、答えた。
「いえ、楽しそうなもの作る人は、たいがい、根が暗いです」
私も同感だ。コメディー映画を作る私だって、「もうダメだ」が口癖だ。
「じゃあ、どんな人ですか?」
それから、我々は、思い思いの「たじませんせい」を思い描いた。

「案外、筋肉の鎧をまとったマッチョかもしれませんね」
「ていうと?」
「そもそも漫画家になんてなりたくなかった、れっきとしたスポーツマンタイプです」
「なるほど」
「寒いところで生まれ育って、漫画なんて、どこにも売ってないんです、毎日、生活するので精一杯で、薪を割っているうちに、自分の強さに気づいてしまう。で、病気がちの母親のために、仕方なく、戦うことを選ぶんです」
「きっと冷たい目をしてますね、悲し気な目だ」
「でも、優しい目です」
「そうですね、ロシアですね、出身は」
「のちに、皇帝と呼ばれて」
「人類最強の男と呼ばれて」
「ブラジリアン柔術と戦うわけですね」
「それ、田島先生じゃないですね」
「田島先生、じゃないですね」
「・・・」

そして、我々は、またズルズルとコーヒーを飲む。

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「ある日、埋もれた雪の中から、一冊の漫画を見つけるわけです、それで、漫画の面白さに取り憑かれてしまうんです」
「待って、雪から?」
「ぐしゃぐしゃじゃないですか?」
「まあ、それは乾かして・・乾くとして」
「それで、自分も描いてみたいと思うわけです」
「どんな漫画を描くんでしょう?」
「自分と、飼っている白オオカミとの生活を、そこはかとないタッチで、ほっこりと、四コマみたいな」
「日常系ですね」
「ええ、何も起きないんです」
「しんしんと、雪だけが降って」
「いいね」
「沖田さん、得意じゃないですか、何も起きないやつ」
「起きてます!」
心外だ。ほっこりとかいう言葉も嫌いだ。いつから私はほっこり優しげ映画監督に成り果てた。
「もうやめましょう、想像するのは」
「ええ、田島先生に失礼ですね」
「そうですね」

それから、我々は、またコーヒーを一口すする。

pro9おおかみ

「ロボットの可能性ってありますか?」
N氏がつぶやく。その問いには、もう誰も答えようとはしなかった。

その時だった。ふじきさんがボソリとつぶやいた。
「本当は、田島先生なんて、存在しないんです」
「どういうことです?!」
「ええ、出版社の人たちが作り上げた、架空の漫画家です。崇めるためだけに存在するんですね、まあ、宗教ですね」
「たしかに、漫画にも宗教が出てきますね」
我々は言葉をなくした。
「今日、これから、きっとお会いするでしょう、でも、よく見てください。口と声が合っていないはず、だって、それは、きっと投影されたものだから、人型の模型に投影された、イメージの中の先生だから」
「プロジェクションマッピングだ!」
「ええ、パフュームがやっていたやつです」
デジタル世界の申し子、たじませんせい。我々は、それに気づいた瞬間、きっとこの世界から消されてしまうことだろう。それにしても、世の中は一体、どこまで進歩を遂げれば気がすむのか。本当に大事なのは、自然と人間が共存して暮らす豊かな世界ではなかったのか。一体、文明とはなんなのか。たじませんせいは、問いかけている。地球の今を。そしてこれからの私たちを。

pro9パフィーム

「しかし、どんな人ですかね、田島先生」
今までの妄想を全て無視するように、N氏が言った。
「どんな人だろうね」
T氏が続ける。
「ええ、どんな人でしょう」
ふじきさんが、繰り返す。
「いい人だといいですね」
私は、言った。そして、四人はうなづき、またコーヒーをズルズルと飲んだ。

1時間後、我々は約束通り、出版社へ出向き、広い応接間で、先生と編集者の方たちとお会いした。田島先生はいい人だった。映画を楽しみにしているという。感謝しかなかった。難しいことは言わず、任せてもらえた。そして過去に自分が撮った映画を観てくださっていた。私は嬉しかった。今思っても、田島先生と編集者の方たちのおかげで、映画がある。田島先生がどんな人だったかは、もはや内緒にしておこう。少なくても、ロシアの総合格闘家ではなかったし、投影された映像でもなかった。刺青もなかった。いや、なかったと思う。先生は、ミステリアスな方が面白い。コーヒーでも飲みながら、ぜひ、想像してほしい。先生は、やっぱり先生だ。

つづく


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映画「子供はわかってあげない」の上映が、2021年になりました。それゆえ、プロダクションノートを真摯に書いていたら、自分が死んでしまいました。映画はできたのでしょうか。できなかったのでしょうか。できないから公開が延期になったのでしょうか。果たして、映画はできるのでしょうか。
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