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#10 親の小言と茄子の花には無駄がない

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プロダクションノートとは、なんだろうか。実はよく知らないままに使っている。それも変なので、来週あたりから、もう少し、わかりやすい題名に変えようと思う。
『映画「子供はわかってあげない」ができるまで』にしようと思う。
映画ができるまでを書きます。

さて、田島先生との打ち合わせの帰り道、その出版社の最寄りの駅前に、私の母校があった。これは偶然である。その学校の横には、大きな寺があり、その更に横には、からあげメインの小さな弁当屋がある。高校生の頃は、よくここで、弁当を買い、学校で食べた。そして、寺で友達と遊んだりもした。懐かしさも手伝って、私は一人、残ることしたのだ。
高校生の頃にあった小さな弁当屋はまだあり、私は、そこで、定番のからあげタルタル弁当を買うと、ビニールの袋を提げ、寺の長い階段を登った。本堂へつくと、私は、賽銭を投げ、映画の無事を祈り、手を合わせる。これから、映画が無事にスタートできますように。そして、この先も健康でありますように。広い境内の隅に一人座り、からあげ弁当を食べる。高校生の頃と同じ味がして、私は、一人、風に吹かれている。
いつから、自分は、映画監督になったのだろうか。イメージの中の強そうな監督像とは程遠く、人間関係のちょっとしたことに傷つき、悩み、とてつもなく小さなことに、右往左往している。そもそも、この隣にある学校で、友達とビデオカメラで、遊んでいたことが、きっかけであった。中学まではサッカーをやっていたが、高校生になってやめた。友達と写真部に入った。そこには、廃部になった写真部の、使っていない暗室があった。たむろするには絶好の場所だった。そこで、私は、友達と楽器も大して弾けないのに、曲を作ってバンドをしたり、真面目に写真を現像したり、ビデオカメラで遊んだりした。それが映画を志すきっかけだった。時間はとてもあいまいだ。もう何十年も前のことが、昨日のことのように思えたり、そして今日が、いつの続きか、わからなくなる。本当は時間は流れているのではく、同時に平行して存在しているのではないか。昨日、この隣の学校で遊んでいた青年が、今日はこの寺で、仕事帰りで、その頃と同じ弁当を食べている。世の中は不思議だ。

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ふと、私は、学校へ行ってみようと思った。あの暗室はまだあるだろうか。私は寺の長い階段を急いで降りた。学校はすっかり変わっていて、もはやどこかの商業ビルのようだった。さすがに、都会の学校である。たしかに生徒の数も多かった。学ランだったので、集まると、まるで軍隊蟻のようだった。さて、さっそく、学校へ入ろうとしたが、当然のように、警備員に止められた。それもそのはず。昨今はおかしな人が多い。今は私もその一人だ。仕方ない。あきらめようとしたその時だった。
「沖田か?」
懐かしい声がした。
「溝畑先生?」
高校生の頃に、大変お世話になった、古文の溝畑先生であった。
「何してんだ、こんなとこで」
「いや、実は、仕事で近くまで来てまして、つい、懐かしくて」
「そうか、そうか、久しぶりだなあー、変わったなあ、お前」
偶然の恩師との再会で、運よく、私は学校へと入ることができた。溝畑先生が、学校を案内してくれる。ビルを見上げながら、先生が嬉しそうに私を見た。
「変わったろう?この学校も」
「ええ、だいぶ」
「お前がいたころは、金網フェンスばりで、刑務所みたいだったもんな」
と溝畑先生が笑う。
「で、お前、今やってんだ」
私は、今、自分が、映画を撮っていること、そして今の仕事のこと、そんなことをかいつまんで話した。
「そうか、それはすごい仕事だな、先生はわからん」
「はい、よくわからない仕事です」
「まあ、でもいいじゃないか、なかなかできる仕事じゃないだろう」
「そうですね」
「大変な仕事だ、きっと」
「その、今かかわっている映画の原作にですね『人から教わったことは、人に教えられる』ってセリフがあるんです。俺、その言葉、溝畑先生思い出しちゃって」
「やめろよ、気持ち悪いな」
そういって、溝畑先生は照れ笑いを浮かべた。その表情が、十数年前と何も変わっていないようで、私は少しホッとした。

そして先生と私は、暗室のある地下道へと入った。先生によれば、暗室はまだそのまま残っていて、今は、現役の生徒が、そのまま使っているらしい。
「ただな、実は、今は写真部じゃないんだ」
「あ、そうなんですね」
たしかに、僕らの頃はまだ、デジカメもなかったし、今の時代、写真部がなくなっても何も不思議ではない。
「じゃあ何部なんですか?」
「変面って知ってるか?」
「変面?」
「ああ、あの、中国の、一瞬で、仮面が変わる伝統芸能だ」
「ああ、映画やテレビでは見たことがあります」
「そう、その、変面部だ」
「え?」
「変面が好きなやつが集まってる」
「・・・そんな部あるんですね」
「まあ、時代ってやつかな、最近の子は、俺もよくわからん」
そして、先生と私は、暗室の前へたどり着いた。入口は、驚くほど昔と変わらず、まるで洞穴のようである。
溝畑先生が、ノックをした。
「入るぞ」
そして、ドアを開けた途端、その光に照らされて、暗闇にいくつもの仮面が浮かび上がった。
「先生、早く閉めてって~」
「今、練習中!」
華やかな仮面のその下から、いかにも高校生らしい声がする。
「ごめんごめん、続けてくれ」
扉を閉めると、暗室は、オレンジ色のセーフライトだけになる。そのぼんやりとした灯りの中を、仮面をつけた部員たちが、所せましと、変面の練習に精を出していた。薄暗闇に、彼らの仮面だけが、ぼんやりと浮かび上がり、そしてそれは、スッと音もなく、変わっていく。
私はしばらく見とれていた。彼らの変面は、粗削りではあるが、磨けば光る原石のようだった。しばらくして私の存在に気づいた彼らが、いぶかし気に、私を仮面の下からのぞき込む。
「ごめんください」
私は、彼らに、挨拶した。
「誰?」
溝畑先生が代わりに答えた。
「この人はなあ、ここの卒業生でな、すごい人なんだぞー」
「え、もしかして、変面の人?」
「ちょっと違うな」
「大丈夫な人?」
急な部外者の登場に、部員たちが慌てている。それもそのはずだ。たしか、変面は、変面師と呼ばれる人たちが、自分の子孫や、長く連れ添った弟子にしか、継がせないと聞いたことがある。その変面の謎が、部外者に漏れたら、国の一大事だ。
「この人はな、ここの卒業生でな、今は、映画を撮っているんだと」
「映画?!」
「すげー」
ワイワイと仮面の高校生たちが盛り上がる。仮面をつけているが、その下は学ランだ。仮面をとれば、彼らはどこにでもいる、普通の高校生なのである。

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「え、じゃあ、馬場朱音に会ったことありますか?」
「馬場朱音は、ないかな」
「じゃあ、ケイス小暮は?」
「ケイスさんは、オーディションで一回、会ったかな」
「じゃあ、鴨志田みずほは?」
「鴨志田さんは、遠目にね」
「すげー」
皆、今の若い子なら、誰もが知っている人気女優の名前である。
ワイワイ話をしているのだが、その話の最中にも、彼らの仮面が、なんの前触れもなく、コロコロと変わっていく。おそらく、会話しながらでもできるのだろう。ながら変面である。
「なあ、いっそのこと、こいつらのこと、映画にしてくれよ」
と、溝畑先生が笑う。
「マジで!、いいね、それ!」
と部員たちが、仮面をつけたままキャッキャと盛り上がる。
『変面ボーイズ』
私の脳裏に浮かぶ映画のタイトル。
変面に賭ける熱い青春映画。最初は嫌々、やる羽目になった変面。でも、恋する女子にモテたくてはじめた変面。でも、いつからか、変面の魅力に取りつかれて、気が付けば変面の世界へ。変面仲間たちとの友情、そして仮面の下から流れる熱い涙。変面を親に止められる者。また、変面で命を落とす者。色々な試練が彼らを待ち受けている。やがて、ラストは感動の舞台へ。主題歌ビヨンセ。今なら、ムビチケ購入で、変面もらえる。

私は、そんな妄想をしながら、ふと暗室の壁を見た。そこに書いてある文字を見て、ギョっとしたのだ。

「親の小言と茄子の花には、無駄がない」

私が、十数年前に描いた、落書きであった。色のついたペンキのようなもので、大きく描かれていた。まるでグラフティーアートのようだ。薄れることもなく、そのまま残っていたのだ。
溝畑先生が、ボソリとつぶやいた。
「何もかも、変わっちまった」
「いえ・・・変わらないものもあるかもしれませんね」
私は、その文字を見ながら、つぶやいた。

部員たちと別れ、先生と来た道を戻る。
私にはもう、行く場所は他になかった。そろそろ帰る時間だ。先生とは、廊下で別れた。

「俺、そろそろ行きますね」
「いいのか、せっかくだし、お茶でもと思ったんだが」
「いえ、俺、やらなきゃいけないこと、まだ、いっぱいあるんで」
「そうだな、頑張れよ」
「はい、映画、出来たら、観にきてください!」

私はもう迷わない。学校を出ると、外はもうすっかり夕暮れだ。涼し気な風が吹いて、私の頬をそっと撫でた。私はそのまま、軽い足取りで、そのまま駅へと急ぐ。
その時だった。目の前の道路を、一匹の子犬が渡ろうとしている。向こうからは、ダンプカーの走る音。私は、考えるよりも早く、とっさに道へ出た。そして子犬を抱きかかえると、放り投げ、振り向いた。大きなクラクションが鳴る。すぐ真横に迫ってきたダンプのライトが、私を照らした。


即死だったという。

私は、映画「子供はわかってあげない」の完成を迎えることなく、死んでしまった。映画はできなかったのだ。おそらく、プロダクションノート史上、初ではないだろうか。残念ながら志半ばにして、監督が死んでしまった。映画は果たしてどうなるのだろうか、監督不在のまま、完成することができるのだろうか。

次週
『映画「子供はわかってあげない」ができるまで』

が新たに始まります。

お楽しみに。

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つづく

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映画「子供はわかってあげない」の上映が、2021年になりました。それゆえ、プロダクションノートを真摯に書いていたら、自分が死んでしまいました。映画はできたのでしょうか。できなかったのでしょうか。できないから公開が延期になったのでしょうか。果たして、映画はできるのでしょうか。
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