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プロマネの影響度を下げるマネジメント

翔泳社のSEカレッジで『ニューノーマルにおけるプロジェクトマネジメントとは?』と題したオンラインセミナーに、プ譜をともに考案した後藤洋平さんと登壇しました。このときのメインのお題が、コロナで「プロジェクトマネジメント」は変わったのか?でした。このお題に応えるためのパワポをつくったのですが、後藤さんとの掛け合い形式で進める中、つくった資料とは違う方向に話が進んで、資料を見せる機会がありませんでした(これはこれで掛け合い形式の魅力です)。お蔵入りさせるのももったいないと思い、上記のお題に私なりのプロジェクト支援経験のなかで考えたことをご紹介します。

コロナで「プロジェクトマネジメント」は変わったのか?

このお題について、環境は大きく変わったけれども、やるべきことは何も変わらないと考えています。以上おしまいなんですが、この環境の変化は、プロジェクトマネジメントのやり方をより良いものにしていくチャンスだと断言できます。
環境を変化させることはなかなか自分一人の力では起こすことができません。自分では動かせない、影響を与えられない、どうしようもない環境の変化が、今起きています。この変化を好機として活かさない手はありません。

プロジェクトマネジメントの「より良いやり方」とは何か?というと、私は
「プロマネの影響度=管理負荷を低くして、良い意思決定をできるようになっている状態」と定義しています。

プロマネはなぜ管理しなければいけないのか?

プロマネのみなさんに尋ねてみたいのは、「プロジェクトを進めているなかで、どのような業務に時間を取られているのか?」「どのような業務の負荷が高いのか?」ということです。そして、「なぜそうした業務を管理しなければいけなくなっているのか?」ということです。

メンバーからいちいち相談が来て、その都度アドバイスをしたり教えなければいけない。メンバーからの報告や相談内容がわかりづらく、問題の把握に時間がかかる。そもそもそうした報告や相談が来るのが遅くて、施せる手数が少なくなってしまう(結果質が下がる)。メンバーが企図の範囲を逸脱した行動をとってしまって、その修正に負荷がかかる。

事象・原因は様々ですが、こうしたことを解決するため、私のセミナーを受講したり研修を受けられるプロマネや企業では、概ね以下のように考えておられるようです。

プロマネの能力に不安があるのでプロマネの能力を向上をさせる。
メンバーの能力に不安があるのでプロマネの能力を向上させる。

どちらにしてもプロマネの能力を向上させることに注力されています。
下図でいえば両方とも左上のアプローチです。

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プロマネの影響度が高いほど管理負荷の度合いが高くなる

プロマネの能力を向上させることに悪いことは何もありません。ただ、この能力向上の図の軸をプロマネの影響度に置き換えると、影響度が高いほどプロマネの管理負荷の度合いが高くなります。(中心にいるのがプロマネで、顔の大きさが影響度の度合いです)

スライド5

この影響度=管理負荷の度合いが高いほど、プロマネは良い意思決定ができなくなります。この構造をプ譜で表現してみました。(プ譜についてはこちらの記事を参照ください

スライド7

見ていただきたいのは「勝利条件」と「中間目的」の欄です。これはプロジェクトを成功させたいのに、望ましくない、あるべきではない状態になってしまっている構造を表現しています。勝利条件も中間目的も「状態」を示すもので、中間目的は勝利条件を因数分解したものととらえてください。

こうした状態にあるためにプロマネの能力を高めて「ちゃんと管理」しようと考えるわけですが、上述したようにプロマネの管理負荷を高めてもこの構造自体は変わらない。構造に影響を与えることはできないと考えます。
構造に影響を与えられないのは、そもそもメンバーの能力が低く、向上させらない、向上させるのは難しい・非効率と思っているがゆえに、下図のような状態になってしまっているからです。

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メンバーの思考や判断能力、各種スキルが低くて信頼できないから権限を与えられない。

でもなぁ、と思うのです。
そういうプロマネほど、メンバーにちゃんと考えさせていないし、メンバーが業務に集中できるよう余計な仕事をしなくて済むようラクをさせていなかったりします。その結果、頻繁に進捗管理したり逐一報告させたりして、自分で自分の首をしめています。

プロマネの管理負荷を低減・分散させて、良い意思決定をできるようになる

そこで取りたいのが下図の右下にあたるプロジェクトメンバーの能力を向上させて、プロマネの影響度=管理負荷を下げるアプローチです。

管理負荷を低減=分散させて、質の高い意思決定ができるようになるためのあるべき状態として下記のように設定してみました。

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権限委譲が重要なあるべき状態ですが、ここに至るまでにメンバーに考えさせる機会や考えて判断するための判断基準に合意しておく必要があります。
そして、これらの状態を実現するための具体的な行動・作業として施策があります。
ここに挙げた状態のうち、メンバーの能力を向上させる要素が、「メンバーが自分で(メタ的、構造的に、遡って)考え、表現できるようになっている」です。メンバーの能力の種類は取り組んでいるプロジェクトによって異なるため、最も基本的な能力向上の要素としてこれを挙げています。

ものごとをメタ的、構造的に考えることは、問題に遭遇したとき、場当たり的な対応に飛びつくことを避け、本質的な解決案を導きます。部分を見つけ、それがどのようにつながって全体を構成しているかを明らかにします。
これはプロジェクトメンバー一人一人が、自分の仕事が全体にどのようにつながっていて、他者の仕事にどのような影響を与えているのか?といったことを意識して行動させたり、問題を報告・相談するときに、報告・相談される側のプロマネの理解を早く促し、アドバイスしやすくしたりすることにつながります。このよう考えられるようになることが、メンバーの成長を促し、プロマネの負担を低減します。

遡って考えることは、直面している問題に対して脊髄反射せず、なぜその問題が起こっているのか?から考えるようにします。メンバーやクライアントから何かを質問されたとき、質問されたことだけに答えるのではなく、なぜその質問をしたのかを考え、より良い回答ができるようになることにつながります。

「メンバーが自分で(メタ的、構造的に、遡って)考え、表現できるようになっている」ために、具体的に取る行動が下記になります。

●一人一人にプロジェクトの進め方を考えさせる
●報告・相談の方法を音声ベースから文字ベースに変える
●コミュニケーションの非同期の割合を増やす

これは私が支援しているプロジェクトの一部分で、かつユニークだったものを抜き出しています。あくまで一例として受け取っていただきたいのですが、「報告・相談の方法を音声ベースから文字ベースに変える」と
「コミュニケーションの非同期の割合を増やす」は、「メタ的、構造的に、遡って考え、表現できるようになっている」状態の実現に効果的だったので内容を紹介します。

オラリティ(声)からリテラシー(文字)へ

「報告・相談の方法を音声ベースから文字ベースに変える」というのは、電話やビデオMTGツールなどをつかい、口と耳で「音声」コミュニケーションすることを止めて(もしくはその割合を下げて)、メールやSlackなどをつかい、手と目で「文字を」コミュニケーションをする、というものです。

口と耳でコミュニケーションするときに求められる能力がオラリティ。
手と目でコミュニケーションするときに求められる能力がリテラシーです。

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プロジェクトメンバーがある問題に遭遇したとします。このとき、プロマネに相談したい内容を口と耳で情報を伝達するとき、情報はただただ流れていきます。イメージとしては「線」です。

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脳みそのなかで考えているものを、すぐ傍に「聞ける人」がいれば、じっくり構造を考える労苦なく質問・相談することができます。これはコミュニケーションの初期コストが非常に少なく済みます。しかし、線的な情報の表現形式は、問題の構造を表現・把握することに適しているとは言えません。

一方、文字を手で書き目で見ることは、口と耳でのコミュニケーションに比べると、構造的に表現することに適しています。問題の相談一つとっても、問題の事象、問題発生時の状況、関与者の環境・もともとやりたかったことなどを分類・整理して書くことで、問題の構造がイメージしやすくなります。ときにはパワーポイントやGoogleslideなどを用いて、プ譜のように図で表現することもできます。プ譜は構造そのものです。
プ譜を用いてプロジェクトを進める際は、関与する全メンバーが自分なりにプロジェクトの進め方をプ譜で構造化し、そこで出た多様な視点やアイデアを分類・統合して合意形成しながら、プロジェクトの進め方を決めていきます。これもメンバーのメタ的、構造的に考える力を養う仕組みです。

口と耳でコミュニケーションする場合、自分の考えが不十分なまま他者に聞くことができます。聞き手は線形で流れていく話を頭のなかで整理して、そこで必要な情報が得られない、なにか欠けているピースがあるとき、話し手に質問して、また話が続いていきます。このコミュニケーションのあり方は、聞き手に情報の理解や確認の負荷を強いており、話し手と聞き手で五分五分。あるいは聞き手の方が負荷が高くなっています。
文字を用いて手と目でコミュニケーションする場合は、書き手の方が認知的負荷は高くなります。

文字を書いて表現することは、口ですぐ話し出すことに比べ、コミュニケーションの初期コストが高くなります。しかしその初期コストはメンバーが自分で考えることのインベストになります。

もちろん、書き言葉・文章でだらだらと書いてしまうと「線」になってしまうのでリテラシー能力が高くないメンバーや、オラリティ能力に依存してきたメンバーには、文字で表現するときの構造化、分類、順序といったルールを示すなどして、取っつきやすくします。できるだけ難しくしない、適度な負荷に止めることが肝要です。

オラリティはオフィスに出社して時間と空間を共にしていれば、その方がコミュニケーションコストが低いため、自然とその方法を採用することになります。この環境や習慣はプロマネ一人で変えることができません。

それがコロナの影響で空間を共にしなくなりました。できなくなりました。リモートワークになったとしても、ビデオMTGツールを使えば、Slackを導入して「ちょっと今から電話できます?」とやれてしまいます。しかしそれではメタ的、構造的に、遡って考え、表現する力を養う機会がありません。

そこでこの環境の劇的な変化=互いの様子がすぐにわからないことを利用して、相手の作業や思考のジャマをしないよう、本当に同期しなければいけない問題や議題を除き、非同期でコミュニケーションするというルールを設けました。リテラシー能力の高い人には当たり前のことで、手間暇のかかる地味な施策に映るかもしれませんが、コミュニケーションの方法、認知の仕方を変えることが、メンバーの成長を促し、プロマネの負荷を下げることにつながっています。

メンバーの能力は高められると信じて「働きかけられる要因」を増やす

イベントで与えられたメインテーマは、コロナで「プロジェクトマネジメント」は変わったのか?でした。このテーマへの回答は、自分の能力を高めてメンバーを「ちゃんと」マネジメントしていくのではなく、メンバーの能力を高めて、自分の影響度を低くしていくマネジメントをしてみては?というものになります。

ただプロマネ自身は「教える教育」を受けていません。教える時間もないし、すべての知識をメンバーに教えることもできません。そのため、プロジェクトを進めるプロセスの中に、メンバーの成長を促す、能力を伸ばす仕掛けを組み込み、メンバーが気持ちよく、力を発揮できる環境をつくることが、主要な仕事になっていくんじゃないかなぁと考えています。

時間はかかります。
でも、メンバーの能力が低いから自分の能力を高めるアプローチよりも、メンバーの能力は高められると信じて考えた方が「働きかけられる要因」が増します。その方が、仕事をしていて楽しいんじゃないかなぁと思います。

未知なる目標に向かっていくプロジェクトを、興して、進めて、振り返っていく力を、子どもと大人に養うべく活動しています。プ譜を使ったワークショップ情報やプロジェクトについてのよもやま話を書いていきます。よろしくお願いします。