1人酒場飯ーその25「黒ホッピー生誕酒場で焼き………」

 恵比寿という街は華やかであり、お洒落と言うイメージが強い。

 それは住みたい街のランキングにも現れているように、憧れが大きいのだろう。だが、その由来は何なのか、良く良く考えてみると分からないものだ。


 恵比寿という地名の由来はズバリ、ビールである。それはエビスビール。

 そう、恵比寿のエビスとは日本におけるビールが大手で作られる一歩とも言うべきエビスビールから取られたのである。


 つまり、お洒落な街の恵比寿はビールの歴史の大きな転換地でもあったわけなのだ。

 と、ここまで恵比寿の地名の由来を書いたが、恵比寿は僕にとって見れば、お洒落とは程遠い人間にとってはちょっとばかり足を伸ばしにくい街だった。だが、どうしても足を踏み入れなければならない時が来てしまった。


 それは僕が大学生だった時のことである。僕は大学でジャーナリズムに関しての勉学を学んでおり、課題で「資料館」を訪れてレポートを書かねばならない課題を与えられたわけだった。

 普通の題材は面白く無い、だの、写真の力の凄さを書きたいだの、今にして思えば思いつきだけで突き進み、恵比寿にある現代写真館にたどり着いた。確かそこで様々な報道写真の展示会が行われていたと思う。


 「レポートにするならこれしか無い」と川崎から乗り込んで行った僕を待っていたのは、お洒落な街とは少しばかり違った側面を見せた恵比寿だった。思いつきに任せた事が、いい出会いを呼んだわけだ。それが今回のお店である「たつや」である。 


 西口からほぼ2分ほど離れた路地に見えてくる目印は山積みのビールケースとやきとり日本一の文字が踊る「たつや」の赤い看板、そしてずらりと並ぶ赤提灯が昼間でも呑兵衛を誘う。だが、それだけではない。

 この店の前に立つと分かるが1Fを「駅前店」とし、地下にも別店舗の「地下店」を構えているのが一目でわかる。この店は混んでいれば地下店を選ぶことも出来るというなかなか粋な心構えをしてくれているわけだ。


 そして極め付けは営業時間。なんと朝8時から駅前店は営業しているという、朝呑み推奨の店なのだ。日祝日は22時まで、平、土日は次の日の5時までという脅威的な営業時間を誇っている。

 さて、気を取り直して扉を開けると、昔懐かしのコの字カウンターにずらりと呑兵衛達が集い、そのコの字のセンター、つまりは入り口から真正面で焼き「とん」が焼かれている。


 表にはやきとりとあったが、実際は豚である。そのカラクリは独特の表現にある。たつやではやき「肝裏」と称している。肝の裏、即ち、内蔵のことを指している。それ故に、とん、というわけである。何とも不意をついてくるではないか。


 ここにはお洒落な恵比寿は無い。あるのは、かつての時代を刻み込むレトロな恵比寿だ。誰もかしこも、煙草を吸い、競馬やら、野球やら、政治やら好き勝手なたわいも無い話をする。

 そこにはかつてと変わらない地元の姿があった。酒のツマミは串。と言いたいが、この雰囲気に飲み込まれるだけで、酔ってしまいそうだ。


 無事にカウンター席に座れたなら、ぐるりと周りを見渡してみるといい。右側にどんな焼き物があるか、何が品切れしているかが分かるように大きなメニューがある。このメニューの下が赤く発光していると品切れを指しているというなかなか面白い形になっている。それでも僕が最初来た時は気付かったため、どれだけ雰囲気に酔わされいたかと今になると思う。


 そんな事で、カシラ、つくね、レバーと頼み、その焼き上がりの前に煮込みを挟む。たつやの煮込みはスタンダードな味噌味のモツ、豆腐に軸を置いたタイプである。こんにゃくや人参も入っているが、あくまでモツと豆腐の脇役、そこにどっさりと乗ったネギが煮込みの味を引き締める。


 ちなみに煮込みは個人的に居酒屋の試金石であると僕は考えている。下処理や味のバランスなどが大きく反映されるからだ。


 そんな事は置いておいて、お酒が欲しくなる。この店に来たら、是非とも選びたいのはエビスビール……ではなくて、黒ホッピーだ。それは何故か、この店が黒ホッピーの発祥であるためだ。

 発祥の店に来て、黒を呑まないのは損だろう。そうだろう。ちなみに供されるホッピーは白、黒ともにグラス、焼酎、ホッピーがキンキンに冷えた「三冷」スタイルだ。


 ここで焼き台から焼き豚が現れる。「たつや」では1つの部位で2本1組の組み合わせなので様々な部位を試したい時は5本盛りで注文するのがベストである。まずはカシラ。これは塩で行きたい。

 焼きあがったカシラの横には辛子。痒いところまで手が届いてくれる。 串を口にすれば、カシラのしっかりとした噛みごたえと共に旨味と脂がしっかりと分かる。そこに黒ホッピー。合わないはずがない。


 続いてはレバー。内臓の代表格はタレでいく。やはりレバーらしい、レバー感ではあるが新鮮故か、タレの深さとうまい具合に噛み合っている。最後はつくね。つくねは軟骨が練りこまれているコリコリタイプ。この軟骨っぽさはこの混ざったタイプでないと出せない楽しさである。さらに追加でハツ、タン、豚バラと楽しむと焼きとんという垣根を越えて行きたくなる。そうなれば野菜も椎茸、ししとうと焼きの脇を助ける役者もいい味を醸し出す。


 あっという間に串を並べたなら、締めが欲しい。最後は焼きに拘る焼きおにぎり。醤油の香ばしさと鰹節の懐の深い味をほうばりながら、1人の恵比寿を締めくくる。これが洒落た街に反逆する「洒落」とでも言おうか。会計、の前に通い慣れたであろう隣の老人と挨拶をかわした。


 そうか、このテーブル席に座る人達にとってはここが一番恵比寿で格好いいんだ。こんな洒落た出会いが楽しいから、恵比寿に通うんだ。


 そう分かっただけでも、恵比寿が近く思えるようになったのはこの店に出会えたからだと、当時を思い出しながらも思う僕であった。

今回のお店 たつや駅前店
住所 東京都渋谷区恵比寿南1-8-16STM恵比寿ビル1F
問い合わせ番号 03-3710-7375
営業時間 月〜土 8時から翌日5時
日・祝日 8時から22時
定休日 年末年始


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