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欧風カレーの話

 時折、無性にスパイスを口の中に放り込みたくなる衝動に駆られることがある。別に何を求めているわけじゃないが、香りと辛味を体に取り込たくなるあの異様な感覚だ。

 それは人間が積み上げてきた香辛料の世界がいつの間にか血の一滴まで染み込んでいる証なのかもしれない。とにかくスパイスはもはや我々の中に必要不可欠なものなのだろう。  

かつて、胡椒が宝物と同じ扱いだった時代から見れば、手軽に調合が難しいとされるスパイスが簡単に手に入れられるようになったことでよりその存在は切り離せないものになっているわけか。

その香辛料と共に研ぎ澄まされていくカレーの世界。家庭のドロドロ感の強いあの庶民的なカレー、文化を内包したインドカレー、薬膳感の強いスリランカ方面のカレー、風味を生かしたアジア圏の料理。カレーだけでなく、様々な場所に顔を出して、スパイスは食文化を研ぎ澄ませる鑢として根付いている。

だが、ちょっとだけ待っていただきたい。カレー文化の中で余所行きの味があるのを忘れていないか?日本で最も独自の進化を遂げた「カレー」のジャンルが存在する。

欧風カレーだ。欧風?ヨーロッパじゃないの?と思う方もいるだろう。確かにヨーロッパにもカレー文化は伝わっており、カレーというジャンルは確かに存在している。だが、欧風カレーは日本で生まれたカレーなのだ。スパイスをフランス料理のブイヨン等で伸ばし、バターなどを加えて世界を融合させる。

そんな一番余所行き感を感じる、欧風カレーが日本生まれとはなんと面白いのだろうか。全ての始まりは神保町。生まれはかの名店「ボンディ」そして、神保町には多くの店が軒を連ねるようになったというわけだ。

その中でも神保町の欧風カレーを出すお店の中でも「ボンディ」と並び称されるのが「カヴィアル」だ。この二店は神保町を代表する顔である店。そして、多くの人が待ってでも食べたいと思う名店だ。

そんな神保町から離れた日本橋の商業施設に「コレド室町」という施設があるのをご存じだろうか。僕がそこを訪れたのには理由があるわけで。ひっそりと地下のレストラン街に「カヴィアル」が支店を出していることを知る人は少ない。

行列店を狙うならばその穴を探す。我ながらいい抜け道を探し当てたものだ。地下のレストラン街のど真ん中に陣取っているのは流石。ここなら時間を気にせずに向かい合える意味でもいいかもしれない。
 
 欧風カレーと言えばあの銀のポットの様な器。あれがあるだけで何となく余所行き、豪華絢爛なイメージが浮かぶのはなぜだろう。これも演出の一つと考えるとそれも凄い。そんなイメージにぴたりとはまるカレーならビーフか、それとも王道でポークか。はたまた変化球のシーフードか。

 今回は王道でポークカレーを選択するとしよう。カレーの魔力と向き合う、対決の時だ。心してかかる。

 決戦の前に敵の風習に合わせよう。先にふかしたジャガイモとバターが出てくるのだ。まさに不思議な光景だ。これからカレーを食べるという前に、ポテトをぶつけるという風習、どこから広がったのか。謎しかない。どうやらこれも神保町で始まった風習だそうだ、前置きとして、心遣いとして、前菜感覚でポテトを出すあたりが以外と日本らしいよなあと思う一幕だ。

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まず先にジャガバターを食うべし。シンプルにふかしたポテトだが、素朴で旨いんだ。胃袋に王道を迎え入れる準備をする。

 あの魔法のランプのような器(正式名称はグレービーボートという)から香る、スパイスの協奏曲。ゴロっとした肉がご馳走感を加速させる。その香りはまさに無限の可能性、西洋とスパイスが日本で出会った奇跡だ。
 
そして濃厚なカレーソースに対抗してか、ライスにはチーズを混ぜ込んである。濃厚なカレーとのバランスをとるストロングなやり方に感嘆する。欧風恐るべし。

どうやらジャガイモはカレーに入れても良いとされているそうだが、そんなの調べないと分からんだろうよ。うん。もうジャガバター食べてしまったぞ。うおい。

文句が浮かびながらもカレーをライスにかけるときの感動は忘れられない快感だ。ライスをカレーの海が囲み、すべてを一つにまとめていく。

濃厚なソースとライスのバランスを取りながら食べれば、誰もが黙る。美味い、欧風カレーの世界が目に見えてくる。スパイスを伸ばした出汁の複雑さが最初の口当たりをマイルドに包む。甘味と濃厚、どちらも奥深く層を成す。それ故にスパイスが顔を見せるのは甘味の余韻が抜けてからだ。強烈なスパイスの香りと辛味が甘味の後からじわりと顔をのぞかせた。かと思えば刺激が波となって押し寄せてくる。欧風カレーはやはり存在が違う。インド系列は刺激とスパイスを味わう王様、欧風カレーは全ての調和を味わう女王様と言ったところだろうか。

豚肉はブロック型なので柔らかくて噛めば充実した肉の凝縮された旨味が仁割とあふれ出す。ソースの魔法も相乗効果でさらに味覚に喜びを流れ込ませてくる。ライスのチーズが隠れるぐらいにソースが美味い。

蓋を開ければあっという間に食べてしまったが、カレーの極地はどこにあるのだろうか?まだまだ見えないものだ。

今回のお店
カヴィアル コレド室町2店
住所 東京都中央区日本橋室町1—5-5コレド室町2B1F
お問い合わせ番号 050-5597-9655
定休日 無し(コレド室町に準ずる)
営業時間 11時~21

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