見出し画像

1人酒場飯ーその11「渋谷の片隅、秋刀魚の夜長」

「うげぇ」そんな声にならない声を人混みの中であげる。何度来てもこのエリアの歩道橋でのすし詰め状態は慣れないし、慣れたくもない。


 昔の街並みを消していくようにスクラップしては、新しい高層ビルや商業店舗が次々と雨後の筍のように組みあがって景色を変えていく。


 そんなスクラップ&ビルドを体現した様な東京の中でも最もそのサイクルが以上に早いと言えるのは渋谷だろう。何度来ても渋谷の街には強い抵抗感があるのだが、如何せん目的地への乗り換えや、文化ジャンルで言えば僕の興味のある美術の展示の特別プログラムだったり、プロレスのトークライブのある場所が渋谷の会場だったり、演劇も行われているのもあってここに来る機会は多くなっている。


 その度に人波の強引さにため息をつきたくなってしまう。なんでこの土地はこんなにも進んでいるのだろうか。何か大きな忘れ物をしているのではないか。何を忘れているかは分からないが何か物足りなく感じる部分がある。


 何も進んでいるから悪いというわけでなくて、渋谷という箱は際立って浮いている。新宿や池袋でもこれだけ街と人が離れているのは珍しいのではないか。ともかく不思議な世界だ。


 人波を避けるように裏路地へ足を運んでもその時代の波に呑み込まれていくのか、新しい店が多い。それでも表よりも裏には古城をしっかりと構え続けるお店、新しいながら味を感じるお店が数多くあるのがいい。時代と進化する街の狭間でこんなにも多様な世界が生きている。


 さて、僕が去年の秋、渋谷にやってきたのは演劇に足を運んだためだった。こじんまりとした舞台もよいものだ。

 劇場のあるビルから出てきたのは既に午後9時過ぎだった。そう言えば何も食べていなかった、思い返せば腹が減る。少し戻って以前記事を書いたことのある「鳥竹」にでも行こうか、と渋谷の井の頭線の改札方面に向かって歩を進める。
道玄坂が近いからか、井の頭線側は昔ながらの居酒屋が並んでいる。ん、少し気になる名前があったので足を止めた。


 『むつ湊』という店名とビルの1Fに入口がありながら木製の味のある扉が気にいった。ここにしよう。むつ=陸奥、その湊(みなと)ならいい海鮮があるはずだ。小さく頷き、店内へと足を踏み込む。


 そこは渋谷とは思えない木の柱と短冊メニューが打てば響くシックな佇まいの店だった。カウンターとテーブル席を合わせてもそんなに入らないんじゃないかという店内と、板前さんの仕事が見えるオープンさが安心を与えてくれる。
カウンターに座った僕は短冊のメニューと一般メニューから何を頼むか。


 産地まで書かれているので凄く丁寧な印象を受ける中、ヒラメか、ヒラメの刺身か。さらにサンマの塩焼きの文字。しばらくサンマ食べてない。初サンマ決定!それに若鶏の唐揚げを組み合わせたラインナップに白飯を付ければ居酒屋定食の完成だ。


 無論、日本酒も忘れない。注文したのは富山の「銀盤」。淡麗な切れ味を誇る辛口の日本酒であり、このスキっとした切れ味と軽やかさが目立つ。

画像1


 まずはヒラメの刺身を銀盤と合わせる。白身の淡白さはなぜこうも奥が深い味なのか、軽やかな日本酒と合わせることでよりその魅力と身の美味さを知る。上品で程よい噛み応え、白身魚はこれが美味い。しかし、いい魚だ。渋谷でこの鮮度はとても素晴らしい。

画像2


画像3


次に唐揚げだ。

 イメージしている唐揚げではなく、竜田揚げ風の横広系で1枚ごとに食べ応えがある。ザッ、衣の触感と鼻に来る香ばしさが箸を止まらなくさせる。しっかりと衣の下に隠れた若鶏の力強さと程よい下味が白米をそそる。

 唐揚げ、米、唐揚げ、米の往復と仕切り直しの銀盤からのヒラメ、アンバランスなのにこういうのがいいじゃないの。


 さあ、本命はサンマの塩焼きだ。僕の前に現れたサンマの表面は茶色に皮目が焼け、ジワっと魚の脂が滲み出る。濃い茶目の机にライトアップされたかのようにサンマが光り輝く。


 背の方から箸を入れる、パリッと皮目が破れ白の身が現れる。


 サンマ、いい塩加減と見極め方。塩焼きってこうだよ、お手本のようなバランス。最近、不良が続いているが日本の秋はこやつがいないと成り立たない。身をほぐし、白飯。

 ああ、言葉はいらない、いい店を探し当てたに違いない。はらわた、苦みが活きている。誰がサンマのはらわたも食べようと思ったのか、これで一尾の物語が纏まるものよ。


 最後に銀盤で締めくくり、夜長を堪能した。ついでににんにく味噌を手土産にし、店から出る。渋谷の夜は10時でもまだまだ騒がしい。谷間から見える黒い空は進化する都市とはかけ離れていた。

 さて、次に渋谷に来たら古い渋谷を探すとしますか。新しきを知り、古きを楽しもう。

今回のお店

むつ湊 本店

住所 東京都渋谷区道玄坂1-6-3 パールビル1FとB1

お問い合わせ番号 03-3463-3600

定休日 日曜日、祝日に場合は翌月曜

営業時間

ランチ 11時45分〜14時(ラストオーダーは13時30分) 

ディナー 火〜木、土 17時〜23時(ラストオーダーは22時15分)

     金曜日    17時〜23時30分(ラストオーダーは22時40分)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?