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1人酒場飯ーその26「日本酒バルでの日本酒出会い賛歌」

思いがけない出来事は何時、何処で起きるか分からないものだ。

人と人の交差が多いところは尚更だ。

僕もつい偶然が重なった結果、酒場で思いがけない出来事に出くわすこととなった。改めて酒場の魅力と向かい合うそんな出来事だった。


先日、今まで見たことのない経路で関東地方に近づいてきた台風が目前まで迫った土曜日の夕方の事である。

元々は大学時代に所属していたゼミのOB会を開催する予定であったのが、台風の影響でお流れになってしまっていたことに軌を発する。僕的に大体テレビで大袈裟に騒ぐときは影響がほとんどないと思っている訳であるが、今回ばかりは教授と打ち合わせをして中止と言う流れになってしまった。それは致し方がない。

 影響が出るのは夕方からと聞いていたからか、既に浅草で実家と職場への手土産を購入し、浅草に行ったときはよく立ち寄っている角内で一杯やって来てきていた。やけ酒ならぬ、やけ酒場だ。


夕方4時前に神田のホテルに戻って不貞寝をしていると、外の風があまり聞こえてこないことに気がついた。ふと見てみると、雨が降り、風は多少強いが十分に外に出ていけるような天候だった。

思わずがっくりと目線を落とし、自然の気まぐれには勝てないなあと思うしかない。ふと、どうしようかと悩んでいるとホテルの外を見ると目の前に居酒屋があるのが見えた。白いライトの明るい看板から察するにかなり新し目のお店のようだ。『日本酒バルかぐら』と書かれた店名で思い出した。

そう言えば、先月も同じホテルに泊まって、時間があれば下見をしてみようかと思ったのだが、閉店も近かったため諦めたお店だったことを思い出した。
既に角打ちで日本酒を1合ほど呑んではいたが、酔いも程よく冷めてきていたので足を運ぶこととし部屋からそそくさと出て行った。

自分でも呑んでいなければやってられないとでも思ったのか、気まぐれだったのかよく分からない。


さっと店の前まで行き、中を覗く。新しめの店内はサラリーマンやカップルが集っているテーブル席が5席ほどあり、カウンターは1人呑みのお客が入っておりなかなか盛況のようだ。

目の前のカウンターと厨房の間の区切りの部分には様々な日本酒の瓶が置いてあり、僕の好みのアジャストしている。間違いないだろう。


「すいません、1人です」いつものように一人であることを告げ、入ってすぐのカウンターに腰を下ろす。店員さんは若い人が多いのは新しいお店からだろうか。まずは…メニューよりも日本酒だ。

味のジャンルごとに分けられた日本酒の種類は60ほどあるだろうか、呑んだことのあるモノもあれば、名前は聞いたことのあるもの、知らないものもズラリと揃っている。

これは悩む。悩んでいると手拭と共に先付として、しじみ汁が出てきた。酔いを緩やかにしてくれるこの先付はなかなか出来るお店と言うことを証明している。悩んだ結果、前から呑んでみたいと思っていた新潟魚沼の酒『鶴齢 純米 山田錦 無濾過生原酒』を選択した。

それに合わせて『鰹のたたき』と『紅茶鴨の燻製炙り焼き』を肴として注文する。1人飯と言うよりも1人呑みの腰を据えて今回はじっくりと行こうという流れだ。


早速『鶴齢』が透明なグラスに注がれていく。まずはつまみの前に少し味わってみよう。綺麗で穏やかな含み口のあとにふわりと旨口が広がっていく、そして喉を通ると同時にさわやかな香りが残っている。これはいい。


ふと、左隣のお客さんが呑んでいる日本酒の瓶が気になった。お店によっては日本酒の銘柄を示すために瓶を置いてくれるお店があるが、このお店もそうらしい。鶴齢が下がってしまったのはちょっとした手違いか。

まあ、どうしても隣の瓶が気になってしかたない。チラリと見てみる。というよりも思わず手を伸ばしていた。そこに鶴齢を持ってきてくれた店員さんが水を今度は持ってくるのと同時に瓶をお持ちしますねと、声をかけられた。それがきっかけか隣のお客さんと目線があった。


「あ、何を呑んでいるか気になっただけですので」こんな感じの誤魔化しにならない誤魔化しをしつつ、水を口に含んだ。チェイサーも持ってきてくれるなんてなんて気が利くのだろう。

それがきっかけになったのか、隣のお客さんが愚痴を聞いてもらえますかと、話しかけてきてくれた。これも一つの縁、お話を聞いてみる。


その方は僕とは違うが大学がらみで、教授の依頼を受けて東京にやって来たようで次の日に帰る予定だったそうだが、台風の影響で帰るために予約していた飛行機が飛ばないこととなり、ようやく飛ぶ次の便もキャンセル待ち。

しかも電車豪雨の影響があり、遠回りになるため、取りつく島が無かったと仰っていた。その為、とりあえずホテルで過ごしていた所、僕と同じように日本酒の文字に惹かれてこのお店にやって来たそうだ。


話していると、『鰹のたたき』が出て来る。シンプルな鰹のたたきだ。上ではなく、下に敷かれた玉ねぎとかかっているポン酢の酸味が程よい。鰹の旨味を引き出す食べ方ではたたきはやはり最上位に来ると思う。


 さて、お客さんとのお話はさらに続く。ここで一番の驚きがあった。日本酒の事をよく知っている方だったが驚いたのは今お隣でお酒を呑みかわしている方が島根県の「李白酒造」の社長さんだったのだ。合点がいった。

日本酒にも詳しいし、獺祭で有名な朝日酒造の社長さんとも仲がいいのもそのためか。とにかくこの偶然に感謝しつつ、色々なお話を聞かせてもらえた時間はとても有意義な時間だった。行きつけのお店の話も聞けて視界が広がった時間だった。

その時間と並行して、日本酒も進んだ。石川の山中温泉の酒『獅子の里オリゼー』と「紅茶鴨の燻製炙り焼き」を合わせる。

皮の焦げ目の付いた燻製らしからぬ鴨の赤身の燻製は単品でも紅茶鴨の脂の旨味がしっかりと濃縮された燻製が炙られる事で香ばしさと組み合わさり幅の広い味であった。

それに合わせた『獅子の里』は香りがすっきりとしているのに対し、穏やかで懐の広い広がりのある甘味が調和した大和撫子のような物腰の柔らかさが特徴的な日本酒だった。鴨と合わせると、その甘味が脂を包み込むのが分かる。物腰だけでなく、懐の深い趣であった。


 その後も広島のお酒である「賀茂金秀」を少し頂き、僕もお礼に社長さんでも呑んだことが無かったという日本酒「車坂」をおすそ分けして他愛もない話も出来た。


 最後に「奥会津高原蕎麦」を〆で注文し蕎麦を味わっていると、社長さんが先に挨拶をしてお店を引き上げた。こちらこそありがとうございました、楽しい時間でした。と似たような事を云ったような気がするが覚えていなかった。最後に食べた蕎麦の味は遠くに行ってしまったような気がした。


とにもかくにもこの酒場での時間はとても勉強になる時間であったと同時に、店員さん達とのやり取りも楽しい店だった。こういう店は残っていく事が多い、人と人との繋がりが見えるそんな酒場だった。

今回のお店 日本酒バルかぐら
住所 東京都千代田区神田多町2-2-3 1F
お問い合わせ番号 03-6875-6401
定休日 無し
営業時間 月~木 15時~24時
     金   15時~翌4時
     土・日 13時~24時


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