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はじめまして、「こだまかずや」です。

ぼくは、2000年1月に、宮崎の田舎で初めて産声を上げました。

それから小学1年生になると同時に、福岡にやってきました。

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マイペース少年時代

◆マイペース少年

人に合わせることが苦手で常にマイペースだった、小学校時代。

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「みんな同じ」という日本独特な文化が苦手だったぼくは、先生に毎日怒られていました。

「みんな同じなわけねーだろ!!」

当時、そう思っていました。(ちなみに、今もそう思っています。)

ぼくは先生に反抗し、先生は”ぼく”に協調性を持たせるのに必死だったと思います。


◆いじめられっ子に

そんな問題児のぼくも、気づけば小学4学年になっていました。

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某スポーツクラブに所属していたんですが、そこでいじめられることとなります。蹴る、殴るは当たり前でした。その中でも、一番しんどかったのは言葉の暴力...

「なんで産まれてきたの?」

そう先輩に問われたことがあります。今でも、鮮明に記憶しているのですが、そのときは、怒りや悲しみを通り越して、ぼくの中で複雑な感情が巻き起こっていました。

不思議と笑いがこみ上げ、涙をこらえ、半分引きつった顔で「産んでとか...誰にも頼んでねぇし」ってぼくは言いました。


◆死を意識しだす

また、いじめの経験者なら共感してくれると思いますが、肉体よりも精神的な痛みの方が強いんです。数字で表すとするなら、肉体的な痛みを2、精神的な痛みが、8かな?

...そんな精神的に追い詰められたぼくは、

「自分は出来ない人間だ」と思い始めるようになりました。初めて「死」を覚悟したのも、同じ頃でした。

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いじめられていた理由は、「周りと意見が違うから」というものでした。

周りに合わせて順応することで、いじめはなくなりました。

しかし、ぼくは「周りに意見を合わせる」のが本当にしんどかったです。


そんなぼくは中学生になり、大きな決断をしました。

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好きな座右の銘「明日やろうは、馬鹿野郎」
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(ほぼ)福岡育ちの大学2年生。面白いことを探し求め、日本中を飛び回っております。
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