見出し画像

新入社員が陥りがちな「3つの罠」

新入社員が陥りがちな罠があります。

①「会社に入ってみたらイメージと違った」の罠
②「行きたい部署に行けなかった」の罠
③「いきすぎた自責思考」の罠

この3つです。

社会人になって1ヶ月が経ち、「なんかうまくいかないな」と感じている方や、「このままこの会社で働いていて大丈夫なんだろうか」と迷っている方も多いのではないでしょうか?

今回は組織マネジメントの専門家として、新入社員が陥りがちなこの3つの罠について解説します。

いま悩んでいる新人の方や、新人のマネジメントに苦労されている方にとって、現状を変えるヒントになればうれしいです。

①「会社に入ってみたらイメージと違った」の罠

「いざ会社に入ってみたら、入社前に抱いていたイメージと違ってがっかりした」という若い人をよくみかけます。

これが1つ目の罠です。そもそも、そんなことは当たり前なのです。

新入社員が会社のことを判断できるはずはありません。インターンやアルバイトをしていた人もいるでしょうが、それと「組織に属して働くこと」ではまったく違います。

会社で働いた経験がないのに、その会社が「いい」とか「悪い」とか判断できるはずがありません。

大学生まではみんな「お客さん」

会社と、学校や塾とのいちばん大きな違い。

それは「お金を払う側」から「もらう側」に切り替わることです。

大学まではみんな「お客さん側」にいました。お金を払って学校という組織に所属している状態です。そこから社会人になると、一転「お金をもらって所属する側」になる。

これを私は「評価する側」から「評価される側」に切り替わると言っています。

若い人は、これまでの20数年間で染み付いた「評価する側の思考」からなかなか抜けずに、つまずいてしまうのです。

社員は「評価される側」です。

それは絶対に変わりません。「評価する側」に回っていい瞬間は、会社を辞めるときくらいでしょう。そのことを忘れると、どんどんしんどくなっていきます。

大学でまじめに勉強してきた人ほど、この罠に陥りがちだったりします。

大学では「評価する側」として世界のことを見て研究したり、批評したりします。それ自体は決してダメなことではありません。

しかし「イチ社会人」になってからもその思考グセが抜けないと「だからこの会社はダメなんだよ」などと言い出します。「じゃあ、お前になにができんねん」という話です。

つらいのは「自己評価」をしているから

社会人は「評価を得ないと生きていけない存在」です。

評価され、その対価として給料をもらわないと食べていけない。評価されるためには、自分になにが足りないかを認識し、不足を埋めていかないといけません。

なにを基準に「自分にはこれが足りない」と判断するのか?

それは「会社から求められることに対して、なにが足りないか」です。間違っても「自分の理想に対して、なにが足りないか」なんて思ってはいけません。

つまり「自己評価」をしてはいけないのです。

会社という場所には「評価者」がいます。新入社員なら、直属の上司が「評価者」です。評価者から求められること、会社から求められることをきちんと認識しないと、いつまでたっても評価されません。

あなたがつらいのは、会社のせいではなく「自己評価」をしているからです。

人は「自己評価」と「現実」とのギャップに苦しみます。「こんなにがんばっているのに、なぜ自分は評価されないんだ」「評価してくれない上司や会社はおかしい」と思ってしまう。

でもいくら文句を言っても、会社という「環境」は変わりません。それならいまの環境の中で、いかに生き残るかを考えたほうがいいはずです。

評価は他人がするもの。環境に抗っちゃいけない。評価されるためには、ただ「他者からの評価」と「自分の現状」とのギャップを埋めるしかない。そう考えると、見える世界はすごくシンプルになります。

②「行きたい部署に行けなかった」の罠

2つめの罠の話をします。

入社から1ヶ月もすると、配属が決まり始めるでしょう。なかには「自分の行きたい部署じゃなかった……」と落ち込んでいる人もいるかもしれません。

しかし、そんなことで落ち込む必要はありません。

あなたの持っている「行きたかった部署のイメージ」は、学生時代までの情報だけによるものです。実際にその部署に行ったこともない。その部署が自分にとって「いいか悪いか」なんて、わかるはずがないのです。

「行きたい部署じゃないと、やりたいことができない」と思うかもしれません。

しかし「本当にやりたいこと」というのは、社会人になって仕事をしてみて、初めて見えてくるものです。

学生時代に考えている「やりたいこと」なんて、ハッキリ言って幻想です。ディズニーランドに「お客さん」としてたった一回行っただけで、「感動したからオリエンタルランドで働きたい!」といっているようなものです。

だから最初の配属で自分のやりたいことができなかったとしても、そこで経験を積みながら「本当にやりたいこと」を見つけていけばいいのです。

最初の部署が希望と違ったからといって「違う道を選択する」とか「自分がやりたいことができる会社を探す」というのは、ハッキリ言ってすごく危険です。

そんなことをすれば、やりたいことができる可能性は逆にどんどん低くなっていくでしょう。会社はそんな中途半端な人に、責任のある仕事なんて与えられないからです。

最初は与えられたことをきちんとやる。それで実力をつけて、仕事を選べる立場になれる可能性を広げていく。

そのほうが、人生にとってよっぽど有益です。

「転職で可能性が広がる」という幻想

いまの仕事に不満があって、転職を視野に入れている人もいるかもしれません。

しかし転職を考える前に、いまの会社でやりきるのが先です。

転職の面接で「いまの会社は大変なんです!」「やりたいことと違うんです!」などと訴える人に対して「じゃあぜひうちにきてほしい」と思うような企業はないでしょう。

「いまの会社で文句を言っている人は、転職しても文句を言うだろうし、採用しても数ヶ月で辞めるのではないか」と思われて終わりです。

やりきっていないのに文句だけ言っている人を採用するのは、企業としては怖いことです。

もし転職の面接で言うのであれば、

「置かれた環境の中で自分なりに全力でやってみて、成果も上げることができました。ただ自分の力不足もあって、この環境に身を置きつづけるのは難しいと思いました。この会社では、前職の反省を活かしてがんばります」

これくらいは言えるようになっておきたいものです。そういう人であれば採用したいと思えます。

転職は一見すると「可能性を広げる選択」のように見えます。

でも、まだやりきってもいないのにいまの会社を離れてしまうと、自分のやりたいことをするための実力がつかないまま、人材としての価値も下がってしまいます。「やりたいことをやれる状態」から、逆にどんどん遠ざかってしまいます

転職や独立をしたところで「他者から評価されないといけない」ことは変わりません。

「組織で評価されるようになれ」というと、「昭和的」とか「古い」と思われるかもしれません。でも、そもそも人間の社会がそうなっているんです。会社では「上司」から、独立すれば「市場」から評価されないと、お金を稼げない。つまり生きていけません。

自分のやりたいことだけで生活できる人なんて、自給自足でもしない限り世の中に1人もいません。絵が好きで絵を描くのを仕事にしたとしても「この絵は100万円だね」などと他人から評価されないと食べていけないのです。

「やりたいことができない」への答え

「自分のやりたいことができない」と言っている若い人も多く見かけます。

しかし「やりたいこと」を出発点にする発想自体が、そもそも間違っているのです。

私の見る限り、「他人に評価されること」をやっていたら、結果的にそれが「やりたいこと」だった、というケースがほとんどです。

何度も言うように、社会に出ると「他人からの評価」を受けないといけません。自分の欲望や感情のままに、やりたいことだけやって生きていける人なんていない。他者に求められることをやらないとお金は稼げないのです。

しかも人間は「存在意義」を感じたい生き物です。誰にも求められずに生きるのはつらいこと。「自分がやりたいことをやってます。でも、誰からも評価されません」という状態を続けるのはなかなか厳しいでしょう。

「やりたいこと」を見つけようと思うのなら、まずは「他者に求められること」をやることです。

他者に求められることをやり続けるなかで、自分の「やりがい」がどこにあるのかを発見していく。

そのほうが近道です。

③「いきすぎた自責思考」の罠

3つめの罠は「いきすぎた自責思考」です。

若い人は真面目でピュアだからこそ、会社で「ちょっとこれおかしいんじゃないか」ということがあると、勝手に自分の問題のように抱え込んでしまうことがあります。

新人なので決定権もなく、ただ悩んで上層部に不満を持っている状態です。

そういう人に私が言いたいのは「あなたの責任と権限を明確にしなさい」ということです。

与えられた権限を越える範囲で、あなたができることはひとつもない。じゃあどうすればいいかというと、現場で起こったことを、的確に上にあげるだけです。これが部下としての責任です。

たとえば、自分が営業でとってきた案件が、制作の過程でトラブルになったとします。そういうときに「自分の手の届かないところでトラブルばっかり起こしやがって」「お客さんに申し訳ない。自分がなんとかしないと」なんて思っても、どうしようもありません。

そこはまず「自分の権限がどういうものなのか」を確認し、どうすればお客様のご不満を会社に伝えられるかという「正式ルート」を知るべきです。そのうえで動かないと、せっかくの責任感も空回りしてしまいます。

「自責」の意味を履き違えるな

自分の権限の範囲外で、気を揉むことがたくさんある。この状態が続くと「気を揉む存在」が言い訳になって、自分自身のせいで起きたことも自分自身のせいにできなくなります。

「あの部署のあの人がダメだから」「うまくいかないのは会社のせいだ」などと思ってしまうのです。

そうすると自分に足りないものを認識できなくなるので、成長もできません。最終的には、負けるように辞めていくことになります。

当然、会社自体が社会性のないことをやっている可能性もあるし、辞めるべき会社だという可能性もあるでしょう。とにかく「自責」を正しく捉えて仕事をすることが大事です。

勘違いしないでほしいのは、「自責として捉える」ということは、決して「自分の権限以上のことに責任を感じる」ことではありません。

自分の手の届かないことに対して気を揉むなんていうのは、ただのロスタイムです。

あなたが責任を感じるべきは、自分の権限の範囲「内」の仕事に対してです。あとは「ただ情報を上げる」というのが、部下の役割です。

もし自分に与えられている責任が「営業で、商品を売る」ことだけならば、制作のことが気になって、制作の責任も感じはじめるというのは、自責でもなんでもありません。これは逆にダメなことです。

一般的には、責任感が強いことはいいことだと思われがちです。しかし場合によっては、行き過ぎた責任感が目の前の仕事の言い訳になっている可能性もあるのです。

ここまでけっこう厳しいことを書いてきました。

私は「もしいまの会社が突然なくなっても、食いっぱぐれないような社員を育てる」というのが、経営者の責任だと思っています。

20代の人なら、これから先30年以上も社会で働いていかないといけません。「いまこの瞬間の楽しさ」ももちろん大切でしょうが、若いときにいちばん必要なのは「生きていく力」をつけることです。

今回の記事で紹介した考え方は、社会人として生きていくうえで、どこに行っても使えるものばかりです。ぜひ、頭の片隅に残しておいていただければと思います。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?