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【ジャーナル】こうちマイプロジェクト道場2期 #1 ~自分の思いを見つめ、マイプロジェクトを描く~


「こうちマイプロジェクト道場」は、一人ひとりが自分のライフヒストリーと紐づいた自分自身が本当にやりたいこと(will)に向き合い、仲間と共にその第一歩を踏み出し、そこでの気づきを対話を通じて深め、さらにアクションを重ねながら、起業や事業創造、プロジェクト実践を進めていく連続講座です。

今回は、自分らしい生き方で全国各地で挑戦を続けているゲストを迎え、彼らのストーリーを共有しながら、参加者一人ひとりの想いを掘り起こしていきました。

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<講師>
菅本 香菜さん(旅するおむすび屋/ 株式会社CAMPFIRE LOCAL・FOOD担当 / 総務省 地域力創造アドバイザー)

1991年、福岡県北九州市出身。
熊本大学卒業後、不動産会社での営業を経て、食べものつき情報誌『くまもと食べる通信』の副編集長として活動。
熊本震災後に上京し株式会社CAMPFIREに転職、LOCAL・FOOD担当として全国各地のクラウドファンディングプロジェクトをサポートしながら日本の魅力発信に努める。 本業の傍ら2017年5月に、旅するおむすび屋『むすんでひらいて』プロジェクトを立ち上げた。2019年3月に独立。 フリーランスとして、食に関わるイベント企画・運営、食材のPR、ライター、クラウドファンディングサポート等を手がける。

全国を旅するおむすび屋さん

「気になることがあったら何でも気兼ねなく聞いてください」と笑顔を見せてくれた菅本さんは、地域の人と一緒におむすびを握るワークショップを行っています。
その名も『旅するおむすび屋』。現地の食材を使い、誰もがなじみのあるおむすびを握ることを通して、地域の魅力や食の大切さを伝えています。

今回のマイプロ道場の前にも、和歌山でワークショップを行い、シラスや梅干しを使ったおむすびを握ったそうです。日本各地引っ張りだこの菅本さんが2年半で実施したワークショップの数は、なんと27都道府県で150回以上。

菅本さんの活動は、おむすびワークショップのみならず、おむすびに欠かせない海苔やお塩の生産者の元へ会いに行くイベントや、菅本さん自身が握って提供する「出張おむすび」など様々。そのほかにも総務省のアドバイザーやイベント企画、ライター活動など、幅広くお仕事をされています。


何気ない一言がきっかけでダイエット

現在28歳、北九州市出身の菅本さん。
小学生の頃は、自分の気持ちを素直に伝えることが苦手で、本を読んだり文章を書いたりして表現することが好きでした。そして旅行も、本を読むのと同じように自分の新しい世界が開けていくようで、好きだったといいます。

元々、素直な気持ちを伝えることが苦手だったのですが、中学生になると、徐々にクラスの中でいじめが起こったり、陰口が飛び交ったりと、環境に変化が訪れます。
そんな中、いじめられている子に手を差し伸べられず、いじめている子にはいい顔をしている自分に嫌気が差し、学校に行っても楽しくありませんでした。

学校に行きたくない気持ちが頂点に達していた中学校1、2年生の頃、何気ない父親の一言が菅本さんの胸に刺さります。
「ちょっと足太くなったんやない」
どちらかといえばスタイルがいいと言われることが多かったため、当時、自分に自信が持てなかった菅本さんにとって、スタイルの良さは自分を支える小さな自信のひとつでした。
それさえも壊されてしまう危機感に襲われ、軽いダイエットを始めました。

そのとき目に留まったのは「17時以降は食べない」というダイエット方法。同時期に弟がソフトボールを始めたため、母と弟の帰宅時間は遅くなり、父親はさらに遅い時間に帰ってきていました。
徐々に家族と夕飯を取ることが無くなり、夕ご飯は自分で作って食べていたので、最終的には食べなくなっていきました。

ダイエットをして感じたのは「数字は裏切らない」ということ。
菅本さんは自分に自信がない中で、テストの点数と減っていく体重が示す数字で自信をつけていました。数字に依存していくうちに、みるみる体重は減っていきます。

身長160センチに対し、体重は23キロ。
病院の先生に「いつ死んでもおかしくない」とまで言われてしまうようになってしまいました。それは、わずか半年ほどの出来事でした。

親友との出会い

拒食症を発症していたときは、ガムを1個噛むのも恐ろしく、食べるたびに罪悪感を覚えました。「食べても、食べなくても罪悪感を覚える状態」でした。

加えて、とても仲が良かった両親が、自分の病気が原因で喧嘩をしてしまっている光景を目にし、自分の存在理由さえ疑い始めてしまうほど。
当時のやせ細った見た目は近づきがたいこともあり、自身でも心の壁を作っていました。周りから、接し辛い人になってしまっていた、と話します。

自分だけでなく、大切な家族や友達も苦しめてしまっている状況は、菅本さんを更に追い込み、病気が治らないという悪循環に。
高校生になっても病気は治らず、高校2年生のときには、再び体重が23キロまで落ちてしまったため、1年休学することを決意。
その後、同級生とは異なる色の体操着を着る不安を抱えながらも、2回目の高校2年生を過ごします。

このことが菅本さんにとって大きな転機になりました。
それは、初めて自分のことを色々と話せる親友との出会い。
親友が他の友達と違っていたのは、ご飯を食べに行ったとき、菅本さんが食べられなくても嫌な目で見なかったところ。

食べなくても同じ空間にいることを楽しんでくれたことで、久しぶりに「食卓にいていいんだ」という感覚になり、食卓への嫌悪感を少し和らげてくれたそうです。
一方で、親友はクラスの人気者でしたが、性同一性障害のコンプレックスを持っていました。それぞれのコンプレックスを話し、お互いを必要だと思い合える関係。

これまでの「可哀そうだから」という理由での付き合いではなく、血のつながった家族とは違う人が自分を必要としてくれた経験を機に、人と接触する機会も増え、徐々に拒食症も改善していきました。

拒食症が完治した大学時代

大学への進学に伴って、北九州から熊本に引っ越し、一人暮らしを始めた菅本さん。
今までうまくいかなかった人間関係が嘘のように、友人に恵まれ、人との環境が良くなると同時に病状も回復。あっという間に拒食症が完治し、すっかり元気になりました。

大学では民俗学を学びながら、学外活動にも多く取り組みました。
色んなことに挑戦し始めた一番のきっかけとなったのは、東日本大震災と、母親のクモ膜下出血。
人の死と向き合い、自分が生きていることが当たり前ではないことに改めて気づかされます。

そこから熊本県を拠点に、復興支援活動を行ったことにより、様々な大人と出会い、活動の幅が広がっていきました。ところが幅広くやりすぎてしまい、こなすように取り組んでしまっている自分を省みて、大学4年生のときにこれまでの活動をすべてやめ、何か1つに集中して面白いことをしようと思い立ちます。

そのタイミングで、たまたま大学生を100人集めてキャンプをするという企画に誘われ、せっかくならば100人でできる面白いことをしたいと考えます。
当時、菅本さんは、社会人になるにつれ「どうせ無理だ」と考える人が増えてくることに違和感を覚えていました。

出来ないと決め付ける大人になりたくない。
そう思ったときに、キャンプをするだけでなく、子供の頃の夢だったけど、大人になって実現できないと思っていたことをひとつ実現させてみよう、と企画したのが「風船で空を飛ぶ」ことでした。


風船で空を飛びたい!

最初に壁にぶち当たったのは、技術面でした。
前例のないチャレンジだったため、ペットボトル1本に対して、いくつの風船があれば空を飛ぶか、ということから調べはじめ、理系の学生や知り合いの父親にまで協力してもらいました。

また、困難は資金面でも。必要なお金は80万円でしたが、手元にあったのは20万円。自分たちで払える金額ではなく、頭を悩ませていた菅本さんたちは地元の企業に支援のお願いをしに伺うことにしました。
すると、様々な企業や個人がお金を出してくれたり、キャンプ用の食材を提供してくれたりと、多くの大人が菅本さんたちの夢を支えてくれました。

当日、風船がいくつか割れてしまうというトラブルはあったものの見事、風船で空を飛ぶことに成功します。スタッフは全員大号泣。
このとき菅本さんは「やればできる」と実感しました。

風船で空を飛ぶプロジェクトを経て、人の縁が広がることで自分の世界が広がっていき、出来ることが増えていくように感じました。

「どんどん自分の世界を広げていったら何でもできるんじゃないか、せっかく何でもできるのだったら何がやりたい?」

そう自分に問いかけます。
そして、食を通して自分が好きなこと、地域、文化を結ぶこと、6年間、拒食症と戦ってきた自分だからこそ伝えられる、自分も周りの人も世界を広げていけるようなことがしたいと考えます。

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自分にあう仕事って何だろう

しかし、食の仕事のなかでも自分にぴったりくるものはなかなか見つかりません。そんなとき、就活中に出会った方から「自分がやりたいことをみつけたときに、伝えることができる力をつけた方がいいよ」と言われます。

自身の経験からも伝える力の大切さを実感していた菅本さん。
伝える力をビジネスに転換すると「営業の力なのではないか」と思い、営業の中でも特に売るのが難しいと言われる、不動産の仕事に就きました。

しかし、すべての物件を、自分が誇りを持って販売できるわけではなく、そのことにジレンマを感じます。
新人賞を取ったあと、1年半で不動産の仕事を退職しました。
食の世界に関わりたいと持ち続けていたからです。

その想いに手を差し伸べてくれたのが、大学時代に知り合った大人たちでした。熊本で『くまもと食べる通信』という冊子を立ち上げ、菅本さんを副編集長に抜擢してくれたのです。

その後、熊本地震により継続が困難になった際には、『CAMP FIRE』の代表取締役社長でもある家入さんが声をかけてくれました。ちょうど地方や食をテーマにしたクラウドファンディングを盛り上げようとしている真最中。
それから『CAMP FIRE』に勤務し、クラウドファンディングに挑戦しようとしている人のお手伝いをします。

仕事を通じて、全国の格好いい人や生産者さんを知っていく中で、次第に「自分も食を通じたプロジェクトを立ち上げたい」という気持ちが大きくなっていきました。


食べることはいきること

そのとき出会ったのが、新潟に住むお米屋さんをしている女性。菅本さんが海苔と海苔漁師が好きであったこともあり、誰でも食べられて、作ることができる。
地域の個性も出せるおむすびならば「食の大切さを伝えることができる」と意気投合し、旅をしながらおむすび屋をするプロジェクトを立ち上げます。

「おむすびを結ぶことで食について考えたり、つながりを作ったりすることで、世界が広がるきっかけを作りたい」そう話します。

全国各地でおむすびワークショップを行う中で、面白い出会いや、感想をもらうことも多いといいます。
ワークショップで、人生で初めておむすびを握ったことで「これなら自分にもできるかもしれない」と炊飯器を買った人。
おむすびを握ることが嬉しくて、朝ごはんを作るようになった子ども。
参加者から主催者となって、地元でワークショップを実施してくれた高校生。

おむすびを中心につながりを生みだし、どんどん新しい世界を広げていく菅本さん。
これまでの活動を振り返り、「食べることは生きること」だと感じています。
拒食症を患っていた頃の菅本さんの脈は正常な状態の半分程度。心臓もだんだん動かなくなっており、脳も委縮していました。

「食べないと人は死んでしまう。身を持ってそのことを実感したこともあり“食べることは生きること”だと思う。食に関わらない人はいない。誰もが関わるからこそ、人と人、地域と地域を結ぶ可能性があり、その力はとても大きい」と力強く語ります。

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「好き」を仕事にするということ

自分の好きな『おむすび』をコンテンツとして前面に押し出し、自分だからこそできる形で食に携わる仕事を続ける菅本さんは、嫌な仕事はほとんど来ないと言います。
意図していたわけではありませんが、『おむすび屋』という肩書を持つことによって、自然と自分がやりたい仕事が生まれていきます。

好きなことであるからこそ、今よりもっと良くしていくことに対して貪欲になることができ、時間をかけることさえも楽しいと思えることは、好きなことを仕事にする良さです。

ですが、好きなことだからと言って、好きなようにやっていいわけではありません。
好きなことを仕事にすることは、趣味ではないということをわきまえて、相手の求めていることを踏まえ、いい意味で責任感を持って「自分の好きなことを活かすことが大切だ」といいます。
また、オンとオフの境目がないことや、自分が好きでやっていることに対して、値段をつけるのが難しかったことなどを話してくれました。

「好きを仕事にするためには、自分の好きを信じて夢中になっていることが大事。自分の好きをまだ見つけられていない人も、夢中になっている誰かを応援してみることでも、一つの手だと思う。熱狂していく過程も見られて、熱狂した先に出来上がっていくものを一緒に見ていくことも、大きな経験になる」と言います。


大切にしていること

最後に、菅本さんが大切にしていることを教えてくれました。
大学生時代から大事にしていることは、出会いを大切にすること。
今の自分自身の仕事や、経験につながっているのも、一つひとつの出会いを大切にしてきたからです。

現在、おむすび屋を一緒にやっている女性とも、初めて話したのは、高速バスを待つ15分の時間でした。
その数分の間で意気投合し、再開を約束しました。

もう一つ大切にしているのは、素直に悩むこと。
悩んでいることに悩んで嫌になってしまうときもありますが、意外にも自分自身を振り返る時間になることが多いといいます。
悩んでいることを受け入れ、素直な気持ちを引き出す時間にすることによって、無駄な時間ではなく、大切な時間になっていきます。

「好きなこと、楽しかったこと、つらかったこと、そのすべてひっくるめて宝物であり、それがあるからこそ今の自分がいる」と、菅本さんは笑顔を見せました。辛かった経験も含めて、自分らしさを集めたからこそ『旅するおむすび屋』という仕事につながっています。
そして、自分らしさを自分で一番表現できている、そんな仕事が出来ることはすごく楽しい、と言います。

菅本さんもここまで辿り着くまでに、紆余曲折ありました。
経験を活かしていく中で変化はあっても、自分らしさや好きを活かした先に自分らしさが溢れる仕事が見つかっていくのではないか、と締めくくってくれました。


マイプロのシェア
次に、マイプロシートの人生グラフを使用したワークを行いました。これまでの人生を振り返り、感情の浮き沈みをグラフに表します。
共有では、二つのグループになり、グラフに沿って話しながら、お互いにもっと聞きたいところ、疑問点などを話し、自分自身の思いや大切にしていることなどを見つけ出しました。

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チェックアウト
最後に、チェックアウトを兼ねて、相互にフィードバックをおこないました。
「腑におちました。お話が聞けて良かったです。」という方や、「自分はこれをやっていきたい。」とコミットされるかたも。それぞれが「学び」・「気づき」を得たようでした。


総括
明るい菅本さんの笑顔の中には、自分らしく楽しく生きていこうという前向きなメッセージが感じられました。
参加者の皆さんもそんな菅本さんのパワーに引き込まれるように、話に耳を傾けたり、質問をしたりと、双方向でコミュニケーションが行われていました。
マイプロのシェアでも、これまで知らなかった自分や、過去と向き合う貴重な時間になったのではないかと思います。これから始まっていくマイプロ道場第2期で、参加者の皆さんがどのような変化をみせるのか、とても楽しみです。


(レポート:檜山諒)


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高知 蔦屋書店内に開設された高知県初の共創型スタートアップ支援施設です。新規事業創造セミナーや起業家育成プログラムのほか、ワークショップの開催、貸しスペースの提供等を行っています。また自分らしい生き方や働き方を実現できるきっかけづくりを目指した様々なプロジェクトを展開しています。