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【レポ】浮世絵の摺を見学&体験してきました!


あべのハルカス美術館10周年記念事業のひとつである、現役の浮世絵の摺り師さんによる摺の実演見学&摺体験のワークショップに参加してきました。

講師を芸艸堂うんそうどう(日本で唯一の手摺木版本の出版社)の方が務め、至近距離で摺りの様子を拝見するという超貴重な体験です!

こんな素晴らしい体験を忘れてしまっては勿体ないので、ワークショップに参加した際のメモを元に、備忘録を残したいと思います。
(私の聞き間違いや勘違いがあったら申し訳ありません。)

なお、ワークショップの写真はネットやSNSにアップしないでほしいとのことだったので、絵心ないけど自前のイラストをはさみました。


今回のワークショップでは、歌川広重「東海道五十三次之内 庄野 白雨」を摺っていただきました。

出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokaido45_Shono.jpg

▶摺の基本動作

① 版木を水で湿らせる。
② 次に墨または顔料(1回の摺に付き1色)を載せて馬毛のブラシで伸ばしていく。
※墨や顔料の量は、摺り師さんの感覚で調節するそう。
③ のりを載せてブラシでなじませていく。
※のりは顔料ののびを良くするもの。
④ 墨または顔料およびのりが塗られたら、版木の上に紙を載せる。版木には「見当けんとう」と呼ばれる溝が彫ってあり、まずここに紙を合わせてから全体に載せていく。
⑤ 紙が載ったら、上からバレンでこすって墨または顔料を紙に染みこませていく。

一度に何枚かまとめて摺っていくと、枚数を重ねた版木の方が墨や顔料を吸い込んでキレイに仕上がるそうです。

版木メモ。文字が小さい場合はクリックして拡大してください。

▶摺の順番

初めに枠線を墨で摺り、その後は色が薄くて面積が小さいものから順に摺っていくそうです。

今回の絵でいくと、頭にかぶっている笠→人の肌(肉色)→人物の服①(草色)→人物の服②(藍色)→…という順でした。

ワークショップでは時間内に収めるために、ここからちょっとワープして、背景の木々のぼかしや、画面右の家々の上にある草原のぼかしなど、「ぼかし」の摺りが続きました。

その後に雨の摺を入れて、画面上部の「一文字ぼかし」を摺ったら、赤い色で絵師や版元の号を摺って完成です!

▷ぼかしの摺り方

①ぼかし先(色が薄くなっていくところ)の部分に布を巻いた「タンポ」と呼ばれる道具で水を版木になじませていく。
②顔料を載せて、ブラシで伸ばす。
③水と顔料を縦断するようにのりを載せて、ブラシで伸ばしてなじませる。
④紙を載せてバレンで摺り出す。

枚数を重ねると、ブラシに顔料(とのり)のグラデーションができあがって、ブラシそのものの中にぼかしが出来た状態になるんだそうです。

ぼかしは集中力を要する難しい摺りで、特に一番最後の「一文字ぼかし」が難しいそうです。一定の幅に揃えてぼかしを摺り出すのは難易度が高く、これが出来ないからといって摺り師をやめてしまう人もいるのだとか(!)

これからは一文字ぼかしに注目ですね・・・!

▶いろいろメモ

実演中にお話しいただいたことを、項目別に箇条書きでまとめてみました。

▷道具について

  • 原料はこうぞ

  • にじみ止めが塗り込まれているので、絵の具を重ねて摺ってもにじまない。

  • 紙は少し湿らせておくと顔料の伸びがよくなるけれど、その分紙が膨らんでしまうので、大きさが安定するようにしておく。(そうでないと見当がズレてしまう!)

こんな感じで保護していました。

バレン

  • 竹の繊維を編んで紐状にしたものをうずまき型に巻いたものと、和紙を40枚ほど重ねて漆を塗ったものとを貼り合わせ、上から竹の皮で包んで作られる。

  • 紐は竹を編んだものだけでなく、麻糸や針金(!)で作られることもあり、紐の太さも様々。それらを使い分けている。

  ※さすがに針金はめったにないらしい。

  • バレン屋は現在1軒のみ。(板屋さんも1軒のみらしい)

  • 良いものだと10万円ほどする。

文字が小さい場合はクリックして拡大してください。


▷摺り師という職について

  • 摺り師さんがいるのは東京と京都のみ。人数は合わせて20人ほどか。

※コロナ禍で引退された方もいらっしゃったそう。今はインバウンド需要の増加で摺り師さんを確保するのが大変なくらいらしい。
※彫り師はもっと少なくて、京都にはおひとりだけ(!)

  • 昔は工房単位で摺る場合もあった。師匠が枠線、弟子が色版など。

 ※現在は一人で全工程摺っている。

  • 一人前になるまでの期間は人によってまちまち。2~3年で習得する人もいれば、10年かかる人もいる。

  • 浮世絵専門の人もいれば、扇子の摺りが専門の人もいる。


▷その他

  • 江戸時代に彫られた浮世絵の版木はほとんど現存しない。地震や戦争で焼失してしまった。

芸艸堂が所蔵する北斎漫画の江戸時代の版木も、芸艸堂が京都にあったから火災を免れて残ったという・・・。

  • 浮世絵の色は版元に指定される。時代によって変化することもある。

※たとえば新紙幣にも採用された北斎の『神奈川沖浪裏』は、昔は空の色が暗い色だったが、最近は明るい方が好まれるので、明るい色で摺っているらしい。

出典: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:The_Great_Wave_off_Kanagawa.jpg


▶摺の見学の感想

生で見ると全然違いますね!
美術館にある摺の解説パネルや動画を見たことはありましたが、実際に何枚か連続して摺っているところを見ると、面白みが段違いでした。

「あぁちょっと良くないかなぁ」
「こっちの方がいいなぁ」
「色が薄かったなぁ」
「まだ薄いか」
「うん、いい色がでたんじゃないかな」

摺り師さんがそう言いながら少しずつ調整していくんです。一発目からキレイに摺られることもありますが、微調整を繰り返した先に、理想の色合いに仕上がる感動。その変化と進化の様子が見ていて本当に面白く、職人技を肌で感じられる時間でもありました。

かつて「浮世絵は版画じゃん」と、一点モノの絵じゃないからといって小馬鹿にしてきた知人に言ってやりたくなりました。

「全部違うの!同じものは一つとしてないの!摺り師さんの努力の賜物なんだよ!」


また、摺り師さんのお話が上手で、摺りながら私たちの質問にドンドン答え、ときおり笑わせてもくれました。

たとえば東海道五十三次は、名古屋を過ぎると摺の数が格段に増えるそうです。東京の摺り師さんと分担して摺るときに、摺の数が多い名古屋~京を京都の摺り師さんが担当することがあって、「(東京の摺り師さんのものと)値段は同じなんですけどねぇ」なんてお話も。

そのほか、参加していたお客さんから「浮世絵では絵師がフィーチャーされるけれど、高い技術を持つ彫り師や摺り師が表に出ることはほとんどないのは、もったいないし疑問に思う」という声が上がりました。

それに対しては、「彫り師は版木に自分の名前を刻むこともあったが、摺り師はそういうものはない。江戸時代には今のような印刷機器なんてものはないので、摺り師はたくさんいた。「見当をつける」という言葉は版木の「見当」が由来であると言われるほどに、彼らの存在は別段珍しいものではなかった。だから摺り師が表に出ることを、絵の買い手も摺り師自身も望んでいなかったのではないだろうか」という趣旨の回答でした。

時代が違うと、希少価値も違うわけですね。江戸の摺り師は、現代でいうところの看板屋のような存在ということなのかなと想像しました。(看板屋さんも令和の時代では既に希少かもしれませんが)

なお、現代では、黄綬褒章を受章する摺り師さんもいらっしゃるそうです。

▶おまけ はがきサイズの摺体験

ワークショップの最後に、はがきにウサギの絵柄を摺る体験をさせてもらいました。

枠線→ウサギの陰影→落款の順に摺っていきます。版木には「見当」がついているので、そこに角とフチを合わせてはがきを置いて摺ります。

完成品はこんなかんじ↓↓

・・・。


落款部分の色が薄かったので、重ね摺をしたら見事にズレました!!

うさぎちゃんの陰影も、枠から若干はみ出ているし。たったこれだけでも、めっちゃむずかしいんやな~~と思いました。

内心では上方浮世絵館で行われている摺体験に、いつの日か参加したいと思っていたのですが、ダイジョーブなんでしょうか?!笑


実際に見てみて・体験してみて、摺の難しさや奥深さの理解が深まったので、今度は摺にもっとフォーカスして、じっくり浮世絵を鑑賞したいなと思いました。


あべのハルカス美術館の皆さま、素晴らしい機会をご用意いただきありがとうございました!


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