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初春を祝う―七福うさぎがやってくる!:2 /静嘉堂文庫美術館

承前

  「七福うさぎ」のほかにも、干支のうさぎをあしらった作や、鶴亀・七福神などの吉祥画、ハレの宴席に打ってつけの懐石器や酒器、蒔絵の提重(さげじゅう)などが出ていた。

 横山大観の大幅《日ノ出》は、第1展示室の最初に掛かっていたもの。
 片ぼかしで表された幽玄な山並みの向こうに、一点の曇りもない、まんまるな朝日が昇る。たなびく雲が、陽光を受けて輝く。
 吉祥性が前面に出すぎず、奥ゆかしさが感じられる点が好もしい。展示の冒頭には、まことにふさわしいではないか。

 工芸でおもしろかったのは、古九谷と古清水。
 古九谷の《色絵円窓文樽形徳利》。角樽(つのだる)をそのまま模した、非常に凝った形状となっている。通常は杉などの木材でつくるかたちを、やきもので成形しているのだ。

 古清水の《色絵松竹牡丹文壺形段重》。茶壺の形を、口を封じる紐にいたるまで忠実に模している(画像はこのページの8枚め)。ただの壺ではなく上中下に分かれる3段重ねで、酒も肴もぜんぶ詰められるという趣向(同9枚め)。開けてびっくり、である。
 どちらのうつわも、異なる素材(木)や用途(茶壺)の既存のかたちを模し、さらにそのかたちを自前の上絵付で覆うことで、大胆にイメージの転換をはかっている。宴席の話題づくりに寄与することうけあいの、楽しめるうつわといえよう。

 ——お正月をテーマにした展示ということで、先日の三井記念美術館「国宝 雪松図と吉祥づくし」との共通点は多い。
 三井は応挙の《雪松図》、かたやこちら三菱の静嘉堂は「七福うさぎ」といったように、主役をデンと置き、お正月にふさわしい逸品で脇を固める構成もよく似ている。作家単位でいえば沈南蘋だとか永樂、樂は重複している。
 お正月展となれば多少の類似は想定の範囲内であるが、似ているからこそ、コレクションの性格に起因する違いが際立つようにも思われたのであった。
 江戸から続く豪商の家が代々受け継ぎ、増やしてきたのが三井家のコレクション。
 対して、近代に財をなした政商が、時流を捉えながら一挙に拡大させたのが岩﨑家のコレクションである。
 江戸も後期に入ると、文人趣味・煎茶の愛好が盛んになる。茶の湯で珍重されてきた唐物の概念とは異なる、新しい中国趣味の形であった。
 この潮流は明治維新を越えて日清戦争まで続いたが、静嘉堂にはこういった時代の風を色濃く感じさせるコテコテの明清絵画や日本の文人画、煎茶器、文房具の名品が多数所蔵されている。
 この種の作は、三井家のコレクションには入っていない。

 本展では、最も広い第3展示室の壁付ケースに、明清絵画や日本の文人画がずらり。
 日本の絵師による中国風の作には、大雅・蕪村はともかくとして、滝和亭(かてい)や貫名海屋といった、生前は大家であっても、日本画の登場以降には忘れ去られてしまったポジションの作家が含まれていた。
 豊富な明清絵画とともに、じつに「静嘉堂らしさ」を示すラインナップとなっていた。

 もうひとつ「らしい」ものといえば、浮世絵版画。「静嘉堂文庫美術館」とは別に「静嘉堂文庫」もあって、古典籍や浮世絵版画の類は後者の管轄になっている。
 今回は鈴木春信が1点、鳥文斎栄之が5点。いずれも気品あふれる画風が個人的にすきな絵師で、運がよかった。


 前回の展示に引き続き、館の「顔」ともいえる国宝《曜変天目茶碗(稲葉天目)》が特別出品。
 本作をお目当てに来館する人、それに前回の名品展を見逃して口惜しい思いをした人もいるだろうから、これまたうれしいサービスである。開館してまもない、いまだからこそでもあろう。


 ——展示室の規模は、移転前の1.5倍弱くらいだろうか。
 なにより、アクセスの大幅な改善がいちばんの変化といえよう。
 ニコタマのはずれ、田畑のなかにポコンと現れる独立峰の頂上から、東京の中枢・丸の内へのお引越し。世田谷は世田谷で小旅行感があって楽しかったけれど、これで、気軽に観に行けるようになった……
 開館記念の名品展、このお正月展ときて、次回はお雛さまの展示となる。
 それ以降、来年度にどのような展開をみせてくれるのか。とても楽しみである。

世田谷美術館・藤原新也展からの帰りにとおりがかった、世田谷区岡本の静嘉堂。「もう、ここに来ることはないんだなぁ」と、一枚。

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