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ホンモノじゃない美術鑑賞 ~「模写・贋作・複製」の展示3本

 美術館や博物館には、ホンモノを観に行く。印刷物や映像でなく、ホンモノをじかに観ることによってのみ伝わることがあると、わたしたちは信じて疑わない。だからこそ、直接足を運ぶのだ。
 いっぽうで、展示作品・資料にはレプリカも含まれている。また、レプリカとは違うが、純然たるホンモノともまた性質が異なるために出番が少ない作品も、ないことはない。
 こういった「ホンモノじゃない」モノが、展示の内容によっては主役に躍り出る場合がある。「ホンモノじゃない」ゆえの価値というものも、たしかにあるということだ。
  「ホンモノじゃない」モノを取り上げた、いずれも小規模の展示を拝見すべく、都内3か所を巡ってきた。


●千秋文庫「雪舟とその流れ  -佐竹家狩野派模写絵画展」@九段

 九段の坂を上がりきったあたりに、秋田藩主・佐竹家伝来の文化財を保存・公開する「千秋文庫」のビルがある。
 江戸後期の寛政から文化にかけて、同藩では古画の模写がさかんにおこなわれた。千秋文庫に数多く残る模写のなかから、雪舟に関連するものを中心に取り上げる展示である。
 最も大きく、また質が高かったのが《天橋立図》(京都国立博物館  国宝)の模写。以下のリンクは原本であるが、かなり正確に近かった。

 寛政12年(1800)8月29日、当時の藩主・佐竹義和が、従兄弟でもある土佐藩主・山内豊策から《天橋立図》の原本を借用、9月4日に返却していることが、附属の書きつけから判明する。この模写は、たかだか正味3日で写したことになるが、そうとは思えない出来。
 同時代の白河藩主・松平定信は、全国津々浦々の古物を調査して『集古十種』を編纂、現在の文化財保護に先鞭をつけた。その第1集が刊行されたのが、まさにこの寛政12年。古きものを回顧し、記録にとどめようとする姿勢には連動性がみられ、興味深い。
 古画の模写は絵師にとって大きな学びとなり、写したものは粉本として、後代の新たな学びの糧となる。模写はホンモノではないが、次のホンモノを生む苗床となりうるのだ。


●天理ギャラリー「アンデスのツボ  -器で旅する北ペルー 」@神田

 九段の坂を下って神保町・小川町を抜け、神田の東京天理教館まで歩いてきた。
 やきもの好きの端くれといえど、南米・アンデスの紀元前の土器には馴染みは薄い。そんなわたしにも、奇矯にして大胆なデザインは魅力が伝わりやすいものであった。
 楽しい壺がたくさん並ぶ本展であるが、途中から様子がガラリと変わった。キャプションに「※贋作」とあるものが、続々登場したのだ。終わってみれば、52点中30点が贋作。
 アンデスの壺を欧米人が「発見」し、美術館や博物館がこぞって収蔵、個人コレクターが増えていくにつれて贋物づくりが横行、マーケットは贋物であふれかえった。1950年代がそのピークだったという。
 天理参考館の収蔵品にも贋物が多数含まれており、本展では、もとになったホンモノを交えつつ展示。キャプションには館蔵品に加わった年代も併記されており、「※贋作」とあるものはたしかに、1950年代前後の収蔵が多いようだった。
 注目すべきは、本展における「贋作」の定義。「欺くことを目的」につくられたものを指しており、いちから模倣・創作をした悪意ある贋物はもちろんのこと、ホンモノの欠損した箇所を補修したものや、全体を塗り直したものなども、本展では「贋作」に含めている。
 欠損部を直す際に、本来とは違ったパーツをそれらしく付け足してしまう行為は、まごうことなき意図的な「欺き」といえよう。ただ、本来あるべき形に直した例なども同種の扱いとされており、古美術での考え方とは少し違うのだなと思った。
  「※贋作」には、みやげものレベルの出来で、素人目にもそうと思われるものから、ちょっと判断がつかないなというものまでさまざま。古いものとは異なる技法やありえない意匠が使われていたり、また稚拙で粗いつくりであったりするものが贋作と判断されているようだ。示唆に富む展示であった。


●キヤノンギャラリーS「綴プロジェクト作品展『高精細複製品で綴る日本の美』」

 神田駅から、山手線で品川駅へ移動。ペデストリアンデッキ直結の高層ビルで開催されていた「綴プロジェクト」の展示を拝見した。
  「綴プロジェクト」は、キヤノンによる最新鋭の高精細複製技術を用いて、日本古美術の名品のレプリカを制作しようというもの。本展では長谷川等伯《松林図屏風》(東京国立博物館  国宝)、俵屋宗達《風神雷神図屏風》(建仁寺  国宝)、菱川師宣《見返り美人図》(東京国立博物館)、伊藤若冲《樹花鳥獣図屏風》(静岡県立美術館)ほか、知名度の高い日本絵画の原寸大複製を、ガラスケースなしの至近距離で観ることができた。
 照明が落とされ、作品にスポットライトが当てられた展示環境も手伝ってか、複製としてはかなり高いレベルに達していると感じられた。
 いっぽうで、近づいて観察すれば平板なところもあり、印刷と判断するのは難しくないなというのが正直な印象。ただし、現時点での最先端を確認することができたのは収穫であった。


 ——この日訪れた3本の展示は、いずれもまだしばらくは開催中。小規模でサクッと観られ、考えさせられる部分も多く、おすすめしたい。

鎌倉・円覚寺にて

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