食わず嫌いの刀剣 :1
「ぐるっとパス」の強みとして、馴染みの薄かったジャンルの展示にも気軽に入りやすくなり、視野を拡張できる点が挙げられる。
わたしも以前、ぐるっとパスの力を借りて、長年の “食わず嫌い” を克服できたことがあった。
両国駅から徒歩圏内、隅田川のほとりに立つ「刀剣博物館」は、国宝など名刀が多数所蔵・寄託されている日本刀の殿堂だ。
現在地に移転する前の代々木八幡時代、同じ小田急線沿線に住んでいたこともあって、途中下車をして訪ねたことが一度だけあった。刀装具の極密さに、目を奪われたものだ。
その後わたしは現在のJR総武線沿線に引っ越してしまったが、数年前、今度は刀剣博が両国の地に移ってきた。それでもいっこうに二度目の足が向くことはなかったところ、こうしてぐるっとパスのお導きにより、移転後初めて敷居をまたいだのであった。
そもそも、古美術のさまざまな展示を観てきたなかで、わたしはあまたの名刀に出合ってきたはず。それなのに、刀剣という分野に興味をもつことはついぞなかったのである。
なんとなくカッコいいなと思う程度のことはあっても、流し見で通過するのがお決まり。一鑑賞者としては雑食でありながら、刀剣に対しては、ある種のとっつきづらさを感じていた。
刀剣の目利きは難解だ。体系立った知識と、ディテールから正確に特徴を読み取る鋭い観察眼の両輪が求められる。絵だとかやきものも同様といえば同様だが、刀剣のそれは、より網羅的にして精緻、高次元のものという印象。
加えて、鑑賞の糸口となりうるキャプションには独特な専門用語が多用され、読むだけでひと苦労。門外漢をまるで寄せつけない空気がある。
それら高度な鑑識や難解な用語の問題を措くとしても、その刀身から美の一端を汲みとる楽しみを見出せていればよかったのだが……それすら、なかなかできないでいた。
刀剣は、究極の「食わず嫌い」「最後の秘境」だったのである。
両国の刀剣博物館を訪れるまでは。(つづく)