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秋の風 能楽と日本美術:2 /国立能楽堂 資料展示室

承前

 この日の来館としたもうひとつの決め手も、やはり「ススキの屏風」。
 鈴木其一《芒野図屏風》(千葉市美術館)だ。
 銀をふんだんに使っているため保存に難があり、年に2週間限りの公開とされているという。そのうち計11日間を、今年は本展に注いだことになる(11日間=9月21日~10月2日)。

 銀地に水墨と銀泥の描線を、スッ、スッ……と繰り返し、引いていく。
 いってみれば、たったそれだけで構成された屏風だ。これのみで、絵として成立させてしまうのである。なんと鋭敏なセンスだろう!
 ススキの線は根気のいる反復作業の跡を示すが、けっして機械的な処理ではない。型を使わず筆で描かれており、同じようにみえて、一本一本が異なっている。
 こういった筆線の微細なぶれ、ゆらぎ、肥痩といった不均一性が、本作においては「あるべくしてある」のだ。それは、描こうとしているモチーフが、秋の風に揺れるススキだからこそだろう。
 水面をのぞきこんだときのような、さわさわとたゆたう動感を、本作はまとっている。銀の反射・きらめき、それにジグザグの霞がかった濃淡が、リズミカルなススキの線描を引き立たせることによって、はじめて得られた効果であろう。
 この絵に描かれた光景はファンタジー、幻想的だともいえるし、いつかどこかで見たような、懐かしいものにも思える。あなたはどう感じるだろうか。

 其一の着想力は「奇想」というべきだろうが、ススキで一面を埋めつくすモチーフの活用じたいは、同時代にもなくはなかった。
 向かいのケースに展示されていた《薄蒔絵盃》(江戸時代・19世紀 個人蔵)がそれで、平盃の表面を《芒野図屏風》のような蒔絵のススキが覆う。
 こちらもなかなかの優品で、秋の夜長に清酒を注いで一献、かたむけてみたいものである。そうしたら、この蒔絵のススキもまた、《芒野図屏風》がそうであったように「たゆたって」見えるはず……

 ここまできてはじめて、蒔絵の話題が出た。
 本展には、個人蔵の江戸蒔絵の逸品が多数出ている。羊遊斎に是真、巨満派など。盃に印籠、櫛・簪など、洒落た小品が多い。こういった分野のいいものがまとめて拝見できる機会は、ありそうでない。
 作品リストをみても、展示品のかなりの割合を蒔絵の作品が占めていて、ほとんど蒔絵展といってもよいくらいだ。
 そういえば昨年うかがった「日本人と自然」のときも同様だったし、次回の展示は「柴田是真と能楽」。国立能楽堂と江戸蒔絵に、なにか特別なつながりがあるのだろうか。
 今年の秋はなぜか、蒔絵の展覧会が多い。三井記念美術館の「大蒔絵展」を筆頭に、根津美術館、永青文庫でも館蔵の蒔絵名品展が開催されている。
 そのなかでわたしがまず選んだのは、この展示だったということだ。
 次はどこで蒔絵を観ようかな……


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