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3年連続うんこを漏らした市川のオヤジ

「いやー、食った食った!今年も腹いっぱいだ。」

毎年の事だが、この日特別に食事を取る回数が多いのは、
何も市川家に限っての事ではないだろう。

とある年の大晦日。

今年の市川のオヤジは、一味違った。
家族の手前、昨年や一昨年のような過ちは、2度と犯してはならないと
肝に命じていたからだ。

大晦日の晩餐は、紅白歌合戦のスタートする19時の夕食から始まった。
こんなにもめでたい日は、1年の他の日にはないだろう。お母さんが作ってくれた豪華な夕食と、ビールでの晩酌からスタート。モーニング娘をつまみに、ビールの喉越しを楽しんだ。
豪華な晩餐とビールで腹いっぱいになったオヤジは、酔い覚ましと軽い運動を兼ね、TMレボリューションの歌に合わせてオリジナルのダンスを披露。家族サービスも抜群のオヤジだった。

22時からは、夕食の残りをあてに、焼酎に切り替えた。水分は腹に溜まるので、ロックでやっていた。腹いっぱいのビールと焼酎で、時計の針と共に酔いもいい感じで回り始めていた。

今年は紅組の優勝か~。来年こそ我が白組が!と、自分と白組の司会者の区別が付かなくなって来た頃、遠くのお寺から除夜の鐘を突く音が聞こえてきた。

「ボ~ン ボ~ン ボ~ン」

遠くの寺からとはいえ、既にオヤジは腹に響く何かを感じてはいた。

「明けまして、おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。」

親しき中にも礼儀あり。
家族と言えども、いつ離れ離れになるか分からないこんな世の中、ポイズン。
親と子、子と親であっても面と向き合って、深々と正座をしてお辞儀をする。

新しい年を迎える為の、年越しそば。
そばをすする音、そばののど越しが、新たなる年の幕開けを感じさせる。
味のアクセントにユズなんか入ってて、
その爽やかさも手伝って、いくらでも食べられた。

今年も例年の如く、初日の出と共に家族で初詣に行くことになっていた。
初日の出に合わせ、出発は4時。
居間の時計を見ると既に1時を回っていた為、下手に仮眠を取って寝過ごすくらいだったら、酒の力を借りて徹夜してしまえ。

お母さんと子供たちは仮眠を取りに寝室へ入ったけれど、オヤジは一人居間に残り、熱燗をはじめた。
つまみは、お正月用にお母さんが準備していたおせち料理を失敬した。カズノコ、だし巻き卵、かまぼこ。 ー旨い。さすが母さんだ。

おせち料理をつまみに熱燗を始めて3時間後。
「お~い、みんな初詣に行くぞー!」
市川家の大黒柱、お父さん。今年も威勢のいい一言で、家族を引っ張っていく。
そんな事を感じさせる幸先の良いスタートだった。

外は暗く、寒かった。まだ暖冬なんていう言葉がなかった頃の冬だ。家族は酒臭いオヤジに寄り添うように、神社へと向かって歩いて行った。

初詣の客をあてに、既に境内までの道沿いには出店が所狭しと並んでいた。
焼きそば、甘酒、りんご飴にチョコバナナ。
子供たちはりんご飴を、オヤジもこんな時しか食べられないからと、焼きそばに甘酒を買った。うまい。 ーいや、正直うまくはないが、雰囲気につられて買ってしまった。

初詣で賑わう人混みをかき分け、やっと境内に辿り着く。みんなで賽銭箱に向かって5円玉を放り投げた。

「パンッ パンッ」

ー今年も家族全員、無病息災でありますように。
オヤジは家族思いだった。家族も、そんなオヤジを尊敬していた。

初詣からの帰り道。寝不足と酒のチャンポンで、さすがにフラフラしてきた市川のオヤジ。家までは、もうすぐだ。
行きは家族を支えるように神社へ向かったオヤジも、帰りは家族に支えられるような形で家の前まで戻ってきた。それもまた、いいじゃないか。

俺もいつか、こんな立派なオヤジになりたい。友達のオヤジながら、こんな幸せな家庭を築けたオヤジが羨ましかった。

家の前に到着し、ハンドバックの中を漁るお母さん。

「あれ、鍵がない。暗くて良く見えないわねー。」

お母さんの老眼では、小さなハンドバックの何処かに潜んでいるはずの家の鍵が、見つからない。オヤジは家の玄関前に着いた瞬間、気が緩むと同時に、もうひとつ緩めてしまったものがある事に気付いていた。

「そろそろ出番なんで、出演の準備お願いします。」
まるで新人ADのように、ある大物タレントへの出演を促してしまったのだ。
全てが後の祭りだった。

既にオヤジは臨界点を超えていた。
鍵は何とか見つかったものの、お母さんが鍵穴へカギを差し込んでガチャガチャやっている間に、その時は必然と訪れた。

「かっ、母さん!」

しばしの沈黙があったあと、オヤジはまるで宇宙と交信しているような顔つきになっていた。いや、実際に宇宙と交信していたんだ、うちの父さんは、と市川は言う。パンツに収まりきらなかった大物タレントは、ズボンの裾からもオハヨーコンニチワしていた。

これで3年連続だった。

ー家族の厄は、俺が全て背負う。
そんな男として、いや家族の大黒柱としての生き様を見せつけられた気がしたような、しないような気がした。

親友の市川が親元を離れてしまった為、この記録がどこまで伸びたかどうか、確認したくても確認できなかったのがいつまでも心残りである。

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