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ボランティア団体あずまやこぼれ
2023年10月1日 18:55
8 美術の授業。ミヤマとライとユズの三人は同じ机につくのが習慣になっていた。もともとはひとりでいたのに、どうしてこうなったのかと、ミヤマは時々不思議に思う。ここは彼の場所だった。ほかの二人は部外者だった人間だ。遠く隔たった大陸から船に乗ってこの島へやってきた。その理由を、ミヤマはよく知らない。 けれども終わりが近づいている。胸に空いた空虚さは埋まらない。「よかったらきみのペンを貸して
2023年10月1日 18:47
7 ライの住むアパートは中野のさびれた住宅街にあった。住民の自転車は乱雑に駐輪され、雨風にさらされている。部屋の扉の前にはそれぞれ洗濯機が設置されていて、ホースが排水溝へと繋がっていた。建物は二階建てで、廊下を照らす電灯はところどころ点滅している。 ライのあとにつづいてミヤマは錆びた鉄の階段をのぼった。バイト終わりに誘われたのだ。足音が夜の静けさによく響いた。ライの背中からはわずかに汗
2023年10月1日 18:37
6 美術館にはいつものようにひとがいなかった。例の絵画の前に辿り着くと、そこにはこの美術館のオーナーであるグレーのスーツを着た老人が立っていた。「こんにちは。なんとなく、今日は会えると思っていましたよ」 老人が話し出すと、彼の全身から甘い果物の香りが放出され、ミヤマの鼻に届いた。少年は老人の隣で立ち止まり、かつては夢だった、いまは色褪せた絵画を見上げた。「ここしばらく、あなたの
2023年10月1日 18:27
5 それからしばらくの間、ミヤマはバイトをつづけた。お金ほしさからではなく、単にそうすることが正しいと思えたからだった。回数を重ねていくにつれ、腰まわりの筋肉が肥大していくのを少年は意識していた。若い肉体はすぐに労働へと適応し、最適な形に変化した。 学校が休みの日には、決まってユズが働く店でランチをとった。ミヤマがいやだと首を振ればそのような習慣は生み出されてなかっただろうが、少年にそん
2023年10月1日 18:22
4 彼女は夏の桜に似ていた。青々とした葉を揺らし、風にうららかな歌を乗せる。花びらは裏に表にひるがえり、ひとつ前の季節に散ってしまったけれど、季節が巡ればまた咲く。 ミヤマは彼女の足元で休んでいた。広がった白いワンピースの裾に包まれ、揺り籠に揺られるように。風が草原を吹き抜ける。草花はこすれあい、弦を弾いて悠久の記憶を奏でる。そこには少年と彼女の二人しかいない。鳥も獣も、雲の影さえ存在
2023年10月1日 02:08
3 新宿のビル群に埋もれた一画に営業している『ピンクパイナポー』という店は、午後の五時になってから開店する。ウィンドウにはセクシー女優が卑猥なポーズをとるポスターが貼られ、看板は妖しげな色のネオンで照らされている。古くなった紙や、プラスチックの断面のにおいが、自動ドアの隙間から外に漏れている。 ミヤマが店に入ると、薄暗いカウンターに立っていた店員が視線だけをこちらに向けた。禿頭に潰れた
2023年10月1日 01:48
2 太陽の光が瞼の向こうを照らすとともに、少年は目を覚ます。なんの衒いもない、穏やかな浮上だ。内側から寝袋のファスナーを下ろし、体を起こすと、今日一日、これから起こるであろう未来が少年の脳内を駆け巡った。予想通りの定式化された未来。しばしベンチの上でたたずむ。 同じく園内に寝泊まりしていた人々も一日のはじまりを迎えつつあった。ブルーシートのテントから顔を出す老人。もぞもぞと身動きする段
2023年10月1日 01:37
1「わたし、てっきりあの男のひとが死んでるもんだと思っちゃった」女生徒はそう言って、水道の蛇口を捻った。「だって、頭が切れて、傷口からシャワーみたいにどばどばと血が流れていたんだもの。だれだってそう思っちゃうでしょ?」 パレットの上の乾いた絵の具を水にさらしながら、その声が自分に向けられているものと、ミヤマは認識した。かつお節みたいに乾いた筆を水のたまったパレットに押しつけ、毛が少しず