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これから人を集める興行は可能か? その前に。

未曾有の事態。
人を集めるのが不正義と言われる今
エンタメの中で生きる者
それを求める者
待て。と言われた犬のようです

先が見えないわからないこの難題の
答えにグッとアプローチしてみる。

まず、エンタメは不滅だという事。
これは信じていい。
政治があるならば。
娯楽は必ずそこにある。

これは歴史が物語っている。
陰陽であり、表裏一体。
人は永遠に娯楽を求め続ける。
これは絶対になくならない。

では、人を集めるという事。
これに関していうならば、
本来、即刻、可能である。
ワクチンが開発されたり
免疫を獲得したり、
なんらかの吉兆が訪れれば。

しかし、
これまでの歴史と違うのが
情報社会になってしまった事だ。

ネット社会、SNSの普及により
民意が即座に反映される事になった
意見は本来届かないものも
届くようになった事。
いい情報も悪い情報も。
瓦版から新聞になり
テレビから伝わることが全てだった時代から
ネット時代になった。
ウィルスも災害も
ネット心理感染と言っても過言ではない。
地球の反対側の情報まで知る。
知る事ができるという捉え方と、
知ってしまうという側面がある。
この世界は変えられない。
その世界の状態で、
人を楽しませるために
人を集めるかどうか。

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人を癒す行為に恐怖や不安があっては
なにも成立しない。
善意も大義も、
偏った正義感と自警団により一蹴されてしまう。
では世間は何を許しどこで許可するのか。
答えは安全と衣食住。
元の生活を取り戻す事ができたら
娯楽は許される。
妬みや恨みが消え自分に不安がなくなれば
その時、許される。

本来、貧困の中にこそ、
苦難な時にこそ、娯楽があった。
そこに音楽があり
そこに笑いの力が強く現れ
上質な価値を生み出し
生活になくてはならないものとなる。
これは現在も変わらない事実
だからエンタメは無くならない。

では、
人を集めるかどうかについて。
エンタメの集客について。

これは不安な気持ちの量と
等価交換が行われなければならない。
娯楽は癒しを提供するだけだったが、
癒しの前に安心の施しをしなくてはいけない。

安心のインフラを作ったものが
集客という面では前進できるのでしょう。
いま、なにかを起こしたいなら
安心の組み立てを行う事だと感じる。
ウィルスではなく世論と向き合う時代。

ウィルスへのワクチン対策然り、
ネットや世論へのワクチンが必要なのだ。

人を集める興行は可能か?
その答えは上記の
傾向と対策で可能になると思います。

でも、

その前に。

僕が言いたいのは

なんのために?ということ。

なんのためにだっけ?
人を集める理由が
収益や商売ではなく、
それがなんのためだったか考えてみる。
ここを再確認できる。
初動と内容を見直す事ができる。
とても貴重な時間
そう思うのです。
中世ヨーロッパの
コンメディア・デッラルテのように
人を楽しませるという原点を考えてみる。
ここにヒントがあるような気がしてならない。

どんなファンも基本、本当は
命がけで応援はしてくれない。
演者もできれば命を守りたい。
ファンに生活を支えてもらう集客ではなく、
共に歓びを感じる空間
それが大衆娯楽の原点であるはず。

それに戻っていく感覚だと思う。
歓びを感じる人達。
観客は、感客であり、歓客に変わっていく。
見せたいから
やりたいから
届けたいから
という、興行主の気持ちにひとつ
何か想いをトッピングしなければなりません。

拍手や応援や歓声、そして
アイコンタクトやハイタッチ
これだけで人は本来高揚できる。
勇気をもらえる。
その集まり、に、どんな価値が生まれるか。
見直されるのでしょう。

いまだにテレビかYouTubeか
世間は議論しています。
答えなんかそこには出さないでいいと思う。

やがてワクチンが開発され
医療従事者に感謝し、
平和な時代を取り戻した時、
集客、娯楽、というものが
人と人を歓びで繋ぐものである事、
その事を再認識して
歓喜するでしょう。

でも
それがいつだとしても、

大切なのは、

以前よりも
人を思いやる気持ちが芽生え、
他人を尊く思い、
笑い合える、
その事を歓び、
楽しめる世界になる事。
そんな世界の下で
興行は行われるべきだ。

そのほうがきっと、
本当の意味で楽しい。

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Performance Artist & Creator/演出家/ICHIZA株式会社 代表取締役 https://genkobayashi.fun/
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