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「なんかいいよね」っていう人の良さ

いきなり結論からいうと
なんかいいよね。って言ってくれる人
スペシャルに感じる。
大切にした方がいい。

あと、
あーだこーだいう人も大切にしたほうがいい。
さらに、良くないね!っていう人は
ちゃんと大切に向き合ったほうがいい。
(これは別でまた綴りますが)
結論からいうと、
みんな大切なんだけど
そうなんだけど。

ここでは「なんかいいよね」
っていう何気ない言葉を言う人について。

なんかいいよね。と表現する人には
とても繊細な感覚を持っている方が
多いと感じます。

例えば音楽を聞いた時に
ある人は、
この時代にこの曲がこうで、
前はこうだったのに
今はこうだから、
だから良い。
とロジカルに情熱的に答えを
原因究明と共に伝えてくれる人がいる。
それはそれで楽しいし
聞き心地よかったりする。

一方で、

同じように
「なんかいいよね」という人は
その音楽を同じように
良い、と感じてるんだけど、
なにを良いと思ってるか言葉にできない。
言語力の違いではない、
着眼点の違い。
しかも見えない部分への着眼
むしろ
何か感じとってる発言だったりする。

それはその音楽を奏でる人の
誰も知るはずのないエピソードかもしれない
理由はわからないが
この、なんかいいと感じてる原因を
抽象的に、
且つ直感的に感じている。
確実に、
説明ができない何かを掴んでいる。

この感覚。

そのなんかいいよね。
を、もし、
自分に向けて言ってくれる人が
身の回りにいるとしたら。
その人は貴重です。
自分にとってプラスでしかない人です。

どこがいいなんてその人は
一生言ってくれないかもしれない。
逆に説明できない
見えない部分を掴んでくれているから

学生の頃、
友達はみんなどうやって
できたのだろうか。
選んでたのだろうか?

僕の場合、
確か、
なぜか友達になってた。
状況や情報で友達を選んだことは
一度もない。

社会に放り出されると
状況や情報や立場からなる
パーソナルへの感心から
人間関係が構築される事が多い。
それはそれで学びが多い。

でも

そんな社会に生きる中で

なんかいいよね。と、
思う人に
言ってくれる人に
もし、出会う事ができたら
とてもハッピーな事だと思う。

その人に対して自分は
どう思っているか、
原因究明はしなくていいかもしれない。

無条件の感心を
素直に受け取り
そして
その心を
互いにシェアできれば
それでいいと思う。

なんかいいよね。

理由まみれの人生で
好きの理由もなく
なんかいいよね。っていう
それだけの理由で
様々な物事を
分かち合える。

それって、
なんかいいよね。

そう、思うのです。

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Performance Artist & Creator/演出家/ICHIZA株式会社 代表取締役 https://genkobayashi.fun/
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