ショートストーリー 恋と5円チョコ

カカオの香りなんてしない。
砂糖のように甘い甘いチョコレート。
安っぽいのに勿体なくて、ただただ舌の上に置いて溶けるのを待っていた。

「ご縁がありますように」
しょげた顔してブランコに乗っていた私に、彼はチョコをくれた。
彼は明日には、この町を離れる。
今日、クラスメートの前で先生からお知らせがあった。
ずっと彼を好きだった私は、頭が真っ白になった。
来年小学校を卒業したら、同じように町の中心にある中学に通うと思ってた。
だから、告白はそのタイミングくらいで。
などと悠長な計画を経てていた。
なのに転校なんてされたら、告白をすることすら無駄な気がしてしまう。
上手くいっても遠距離恋愛。
無力な小学生の私にとって、さすがにそれは壁が大きすぎた。

今日はホームルームの時間になると、人気者だった彼を囲んでお別れ会が開かれた。
彼が皆に配った5円チョコは、先生も特別に許可して他のクラスの子には内緒で食べる。 
皆、彼の前に並んで一言ずつ別れの言葉を交わしていた。
私は、お別れを言ってしまえば、それきり会えなくなるんじゃないかと怖かった。
並んだフリをして、コッソリ列を抜けてやり過ごし校庭のブランコで暇を潰していた。
どれほどの時間、そうしていたかは分からない。

けれど、彼が校庭まで来たということは、お別れ会は終わって、下校時刻になったということだろう。

「忘れ物だよ」
彼を見ると、学校に置きっぱなしだった両手いっぱいの荷物と、私のランドセルを持っていた。
彼も引っ越しの準備で大変なのに、手間をかけさせて申し訳なく思った。

「もう一つ忘れ物」
私の手を掴んで、皆にあげたものと同じ5円チョコを無理やり手の中に滑り込ませた。
彼の手と小さなチョコレートは、悲しさを紛らわせるため、強く結んでいた拳を簡単に解く。
私が5円チョコを受け取ったことに、彼は満足したようにニッコリ笑う。
私が座るブランコの隣に腰掛けて、自分のポケットからもう一つ5円チョコを取り出した。
「二人で食べようと思って、皆と食べるのは我慢していたんだ」

彼は照れくさそうに5円チョコを口に含むと、何も言わなくなった。
私も彼を真似して5円チョコを口に入れる。
彼から貰ったものがあっという間に消えてなくなっていく感じが、勿体ないと未練たらしく思わせる。

お互いに何も言わないまま、普段通りにさよならを言って帰る。
ご縁があるりますように。
ポケットの中で、チョコレートの抜け殻の小さなゴミを握りしめる。

十年後、また会えた時二人して、5円チョコをポケットに忍ばせていたことは、生涯忘れないと思う。

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