温かい豆腐があれば。

終電。
運良く座席に座れた人たちは、
目を瞑っているか、手元のスマートフォンや携帯の画面を見ている。
飲み会帰りのビジネスマンや学生もちらほら。
まぁ、あとひと駅。ちょっとの辛抱。
ドアが開き、無意識に階段の方向を向いて歩き出す。
毎晩のように繰り返す習慣。
自動改札を抜ける。さらに階段を上って地上に出る。
四角く切り取られた出口に濃紺の夜の空。

ふぅ。深呼吸を1回。

横断歩道を渡って、深夜まで開いているスーパーマーケットに向かう。
金の持ち手のプラスチック製のグリーンのカゴ。
冷蔵庫の中を思い浮かべる。
疲れたし、残っていた豚肉でも炒めようかな。
でも、面倒くさい気もする。
長ネギはあるはず。あれを使い切ってしまおう。
卵のパックをカゴに入れる。
木綿豆腐のパックを手に取り、これもカゴに。
もう、今日は手抜きでいいや。
でも、ジャンクにはしたくない気分。
なにもいいことがなかった一日。
食事もジャンクで終わったら、なんだかやるせない。
せめて、何か温かいものを作って食べよう。
半額になっているお総菜のコーナーは勇気を持ってスルー。
卵と木綿豆腐と入ったカゴをレジの台に置く。
ピッ、ピッとバーコードを読み込む電子音。
サイフから500円玉を出して、おつりとレシートをもらう。
ありがとうございましたの声に見送られ、外に出る。
ビニールのカサカサという音。
コツコツと鳴るヒールの音。
オレンジの色の外灯が夜の街を静かに照らす。
自宅のドアまで辿りつき、鍵を挿してノブをひねり、
そして後ろ手でしめる。
キッチンにビニールの袋を置く。ガサッ。
部屋の入り口からバッグをソファに投げる。
着換えるのも億劫になって、
洗面所に行きとりあえず手を洗い、口をゆすぐ。
顔はお風呂に入るときに洗えばいいや。
鏡に向かって歯を見せて「いっ〜」と言ってみる。

ふぅ。今日、何回目のため息だろうか。

キッチンに戻り、ビニールの袋から豆腐のパックを出し、
天面のビニールをはがし、皿に移して水切りをする。
木のまな板を出して、冷蔵庫から取りだしだ葱を小口に切る。
ざくざくざくざく。無心になれる時間。葱を切るのって好き。
厚手のカフェオレボウルに豆腐を入れ、葱、そして白ごまを入れて混ぜる。
ぐちゃぐちゃぐちゃ。そこに卵を割り入れ、ざっくりと混ぜる。
ごま油と、だし醤油を少々加える。
あ、やっぱり、ちょっとお肉食べたいかも。
冷蔵庫から少しだけ残っていた豚こまの入ったトレーを出す。
細かめに切って、トレーの中で醤油とお酒をふって下味をつけ、
豆腐の入ったボウルに入れる。
順番はちょっと滅茶苦茶な気もするけれど、
自分が食べるだけの分。気にしない、気にしない。
ボウルの上にラップをかけ、レンジへ。
豆腐の簡単レンジ蒸しのできあがり。
冷凍庫からラップにくるんでおいた1回分のごはんもレンジで解凍。
その間に味噌汁を作る。お味噌汁の実はふえるわかめ。便利。
ラップからごはんを取りだし、お茶碗に盛る。
塗りのお椀にお味噌汁をよそう。冷蔵庫にあった大根のお漬け物を出し、
冷たい麦茶をグラスに注ぐ。
それらをすべてトレーにのせて、リビングに運ぶ。
ステレオのスイッチを入れるとラジオから音楽が流れる。
「いただきます」
誰がいるわけでもないけれど、口に出して言ってみる。
豆腐をれんげですくって食べる。葱とごま油の香り。
ふんわり、なめらか。温かで優しい味。
おいしい。おいしい。白いごはんの上にお豆腐をのせて食べる。

ふぅ〜。

これはため息じゃなくて、おなかいっぱい、満足の合図。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?