見出し画像

人気ドラマから読み解く韓国の大学入試事情

緊急事態宣言が解除となり、早1か月。
みなさま "ニューノーマル" な日常を、いかがお過ごしでしょうか。

外出自粛期間中の生活をすでに懐かしく感じます。わが家では深夜に夫婦で韓流ドラマを観ることをお楽しみのひとつとして、日中の浮かない気分をやりすごしていました。

当時世間を騒がせていた人気の韓流ドラマといえば、Netflix の「愛の不時着」でしたが、うちがハマっていたのは「SKYキャッスル ~上流階級の妻たち~」

韓国の過酷な受験競争を風刺的に描くこの作品、昨年韓国で、初回わずか1.7%だった視聴率を23.7%にまで急上昇させ話題になりました。この数字は、非地上波チャンネル歴代最高視聴率を塗り替える記録だったそうです。


超競争社会である韓国。熱心な保護者たちの私教育にかける情熱はなみなみならぬものがあるようで、たとえば、ドラマに登場したこちらの閉じ込め部屋「スタディキューブ」 ですが、、、

作中で批判の意図を込めて取り上げたところ、視聴者からの注文が殺到し、売り上げが8倍になったそうです。お値段が約24万円もするというのに…!

さて、以降の文章は、「SKYキャッスル ~上流階級の妻たち~」の若干のネタバレ要素をふくみます。これから観るのを楽しみにしているよって人はここで "そっ閉じ" したほうが良いかもしれません。

ドラマの立役者「受験コーディネーター」

SKYキャッスルの物語のカギとなるのが、受験コーディネーターの存在。学習戦略の立案や教科別家庭教師の選定から、調査書を見栄え良くするための課外活動の手配、果ては受験生の食事の献立にいたるまで、トータルに提案し実行するプロフェッショナルです。

作中では、受験生であるお嬢さんが生徒会長選挙で確実に当選するために、有力対抗馬の身辺を徹底的に調査し、弱みを握って、出馬辞退に追い込むことまでしていました。

さすがに現実ではそこまでのことはしていないと信じたいですが、韓国の方によると、そうした大学受験の伴走を生業とする職業は実際に存在するそうです。そして、こちら(↓)の YouTube 動画では、富裕層向けサービスでは、その契約料が3億円とも言われています。作中でも、コーディネーターを雇うためにマンションを売りに出すなどのセリフもありました。決して大げさな数字ではないのでしょう。


韓国の保護者を駆り立てている背景

朝鮮科挙制の時代から強烈な能力主義の伝統があった韓国ですが、1990年代後半の経済危機とその後の政策によって経済格差が拡大したことから、近年、競争はよりいっそう過酷さを増していると言われています。

なかでも大学受験は一生を左右すると考えられており、日本のセンター試験(共通テスト)にあたる大学修学能力試験当日の街の様子は、日本でもたびたびニュースになるほど。ご存知の方も多いと思います。試験に遅刻しそうになった受験生のためにパトカーが出動して試験会場まで送りとどけ…というアレです。

そして、名門大学に合格したといっても決して安泰ではなく、SKYキャッスルのタイトルの元にもなっている、SKYと呼ばれる上位3大学(ソウル大学・高麗大学・延世大学)でさえ、就職率は7割程度。

そんな超競争社会である韓国で、大学入試の選抜方法に大きな変化が起こったのは2007年のことでした。能力評価をより多元的・多角的にしようとする方針のもと、教科成績以外の個性や素質、潜在能力にも注目した「学生簿総合選考」がはじまったのです。日本の大学入試における総合型選抜(旧AO入試)や学校推薦型選抜(旧推薦入試)に近い選抜方法です。

この「学生簿総合選考」と、国数英などの授業科目の習熟度を調査書で評価する「学生簿教科型選考」の2つを中心とした選考を「随時募集」と呼ぶのですが、いまやこの「随時募集」で選考される生徒が全体のなかで占める割合は8割近く。日本で言うところの一般入試、つまり、当日検査の学力のみで選考される枠(定時募集/修能型)は2割程度しかなくなっているのです。

メインとなる「随時募集」が時期的にも先にくることから、一般入試は、「随時募集」で念願かなわなかった生徒の敗者復活戦に近い位置づけになっています。

画像1

韓国の大学入試制度改編(二階 宏之)-ジェトロ・アジア経済研究所

大学入試改革のはてに

公平な評価が期待できる一方、詰め込み式教育が過当競争をまねきがちだった一般入試(定時募集/修能型)から、多様な能力、学生の個性・資質・潜在能力を評価する「随時募集」へ。

中高生の過大な重圧や、家庭の教育費を減らすことが目的だったこの制度改革ですが、残念ながら、もたらされた結果は真逆のものでした。むしろ競争は熾烈さを増し、教育費負担も増大したと言われています。

学校生活のありとあらゆる活動が評価の対象となったため、一部の学生たちは「学校生活の蹂躙」「思想強要」と反発を強めています。また、熱心な保護者は、学力以外の面についても差別化をはかれるような高いスペックを手に入れるため、多方面にわたって巨額の教育投資を行っています。こうした熱狂を風刺的に描いたドラマが冒頭の「SKYキャッスル ~上流階級の妻たち~」、というわけです。

バックラッシュとこれから

英語には、"Born with a silver spoon in one's mouth." (銀のスプーンをくわえて生まれてくる)という言葉があります。経済力や社会的地位が高い家庭にうまれた子どもを表す慣用句です。日本でも出産祝いとして銀のスプーンは重宝されていますね。

韓国では似た意味のものとして「金匙(クムスジョ/金のスプーン)」という言葉があるそうです。お金持ちでなければ名門大学に入れない。そんな状況への批判の意味を込めて、現状の大学入試を「金のさじ選考」と呼ぶのだとか。

文在寅大統領もそうした社会問題化を重く受け止め、昨年の11月、一般入試枠の拡大を突然表明、韓国中を驚かせました。なぜなら、「随時募集」の推進を強く支持していたひとりが、ほかならぬ文大統領その人だったからです。

いろいろな政策が時の政権によって急激に変化するのは韓国の良い面でもあり悪い面でもあります。4月の総選挙で国民からの圧倒的な支持を得た文大統領は、今後どこを落としどころとするのか。

一般入試中心からAO・推薦入試中心へと変化しつつある日本にとって、先行して取り組み、課題に直面している韓国から学ぶべきところは多いと考えています。

▼ 参考資料

韓国の大学入試制度改編(二階 宏之)-ジェトロ・アジア経済研究所

韓国の大学入試における多面的評価 —「学生簿中心選考」評価を中心に―

文在寅大統領も頭を悩ます…韓国の大学受験「7割が推薦」の深き闇

東京女子の高校受験はツラいよ(※過去記事)

-----

\\ Twitter やってます //

Twitterでも日常生活のや教育関連の最新ニュースを追いかけてつぶやいています。ご興味があればぜひフォローよろしくお願いします。
Twitter: @knockout_

この記事がお気に召しましたら、ぜひ応援(サポート)をお願いします。サポート完了後に現れるポップアップの「オススメ」ボタンを押すと、フォロワーのタイムラインにもこの記事を表示させることができます。

サポートをしてくれると徳を積めます。たくさん徳を積むと、来世にいいことがあるともっぱらのウワサです!