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【掌編小説】それぞれの同窓会 1/3

第一章 佐藤 弘

「おーいヒロシ、こっちだ」
大きな声で僕を呼んだのは、シュン君こと田口俊介だった。

今日は高校の同窓会だ。
スタートから1時間ほど経つと、みんながそれぞれ席を移動し、数人ずつのグループに分かれて、昔話や近況を語り合っていた。卒業してから30年以上ということもあり、誰しも加齢による容姿の変化はあるものの、久しぶりの再会で一言二言話せば、あの頃と変わりない懐かしさが込み上げてくるように感じていた。

僕とシュン君は、通称マコちゃんこと小川誠の3人で近況を話していた。

シュン君が「ヒロシは仕事は何をしてんの?」とたずねた。

「僕は地元の区役所に勤めているんだ」

「そうなんだ、マコちゃんは?」

「僕は母親の介護で家にいるから無職みたいなものだよ」

僕とマコちゃんが答えた後、シュン君が話し始めた。
「俺は会社で営業しているんだけど、今年から支店長を任されることになったんだ。以前から残業が多かったんだけど、支店長になってからはさらに忙しくなって毎日大変だよ」
「仕事じゃなければ、営業先のお偉いさんを接待するか、部下を引き連れて飲みニケーションしてる感じだね」
「だから最近は家で飯なんて食ったことないよ。そのせいか最近太ってきたんだ」
「マコちゃんは介護してるって言ってたけど、食事とかどうしてるの?」

「僕は自炊ばかりで、外食なんてずっとしていないよ。スマホを見ながら適当に作ったり、近所のスーパーから買ってきた冷凍食品やお惣菜が多いね」

「そっかぁ・・・介護していたら外食は難しいよね。それなら趣味とか楽しみはあるの?」

「テレビとか読書かな・・・」

「あんまり趣味らしい趣味じゃないね」とシュン君が言うと、

「介護があるから、外出は難しいし、家の中で楽しめる趣味が一番だよ」とマコちゃんは答えた。

「確かにそうかもね」
「俺の趣味はゴルフなんだけど、ゴルフはめちゃいいよ。接待にも使えるし、運動にもなるからさ」
「ヒロシは趣味あんの?」

「僕は特にないなぁ・・・休日はゴロゴロしているか、嫁の付き合いで買い物に出かけるくらいかな・・・」

「そうなんだ、それなら教えてやるからゴルフ一緒にやろうぜ!」

僕がシュン君に「ゴルフ教えられるくらい上手いの?」と尋ねると、シュン君は「あっ、俺めちゃ下手だった」と言ったので、「なんだよそれー」と3人で大笑いになった。

そんな会話をしながら、僕はふと思った。
「シュン君は忙しくても、仕事に生きがいとプライドを持って、毎日を生き生きと過ごしているみたいだ」
「マコちゃんは、親の介護かぁ・・・。自由な時間も少なそうだし、いろいろ大変なんだろうなぁ。きっと『生きがい』とか『夢や目標』なんてものとは無縁の生活なんだろうなぁ」
「そうは言っても、介護は決して他人事じゃないからなぁ・・・」

そして同窓会は終わりの時間を迎え、シュン君は二次会に行くと言って先に会場を後にした。僕とマコちゃんは二次会には参加せず、帰り道が同じ方向ということもあり、途中まで一緒に帰ることになった。

道すがら、僕はマコちゃんに聞いてみた。

「マコちゃん、お母さんの介護や家事で大変みたいだけど大丈夫?」

するとマコちゃんは・・・
「確かに介護は大変なことも多いよ。休日なんてないし、どんなに頑張っても親の老化を止めることなんて出来ないから、正直なところ無力感もあるよね」
「それと最近は慣れたけど、平日の午前中から買い物でスーパーに行ったり、母の通院のために病院なんかに行くことにも抵抗があって、『いい大人が仕事もしないで昼間から何しているの?』と、世間から責められているような気持ちにもなるんだ」
「もちろん社会から取り残された感じはあるし、経済的なことも含めて『将来に不安がない』と言ったら嘘になるけどね」

僕が「やっぱり介護って大変なんだね」と言うと、マコちゃんは「うん、だけどそんなに悪いことばかりでもないんだ」と答えた。

「シュン君は毎晩残業で忙しいみたいだけど、僕はそこまで忙しくはないし、ある程度は自分のペースでやれて、誰にも文句を言われないから気楽な部分もあるんだ」
「会社勤めは面倒な人間関係や業績のプレッシャーなんかでストレスも多いけど、介護は余計なストレスは少ないから、そういう意味ではメンタルにも良いところもあるんだよ」
「それに自炊をするようになってから体重も減って、以前より健康的になったしね」

「なるほど・・・」

「何と言っても、母は僕を一生懸命に育ててくれたし、僕は若いころから親に迷惑をかけてきたから、今までの感謝や恩返しの気持を形にしたいし、残り少ない母親との時間を大切にしたいんだ」

「うん」

「だから、僕は今が人生で一番幸せだと思っているよ」

「そうなんだね、それなら良かったよ」と僕が言うと、マコちゃんは「心配してくれてありがとう」と言った。

マコちゃんと再会の約束をして別れた後、見慣れた帰り道を一人で歩いた。職場の行き帰りに何気なく歩いている道・・・当たり前にある”いつもの風景”が、今日は普段と違った景色に感じていた。

僕は少しでも早く嫁と子供の顔が見たくなって、急ぎ足で帰宅の途についた。

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