母の誕生日に考える

先日、母の86歳になる誕生日でした。
母には「誕生日おめでとう!」と声を掛けたのですが、「こんな年寄りになっても、めでたいことなのかねぇ?」と話していました。
そこでちょっと調べてみました。
日本女性の平均寿命は87.14歳、寿命の中央値はおおよそ90歳だそうです。
そのことを母に伝えて、「中央値である90歳までは、あと4年ある訳だし、それだけ生きても普通くらいなんだから、頑張って長生きしないとね」と話しておきましたが・・・。

私はふと考えたのです。

「母は普通に考えても、あと数年間くらいは生き続ける」

・・・この時間の意味とはどういうことなのか?

「残された母との時間」であり、「介護生活があと数年は続く」ということでもあるのだと。

そうは言いつつ、母が今後どうなるかわからない。認知症の心配もあるし、寝たきりの状態になるかも知れない。そうなれば、いつか自宅での介護ではなく、施設にお世話になる決断を下さなければいけなくなるかもしれない。そう考えれば、母との生活はもっと短い時間なのかも知れないと・・・。

もちろん、もっと長生きするかも知れないし、施設にお世話になるのは、もっと先の話かもしれません。しかし、最近は物忘れもひどいし、足腰も弱くなってきているのは確かで、果たしてどこまで現状の生活を続けていけるのだろうか・・・と考えてしまいます。
そして、将来的にあり得る「『母を施設に入れる』という決断」に対する罪悪感や恐怖心みたいなものを感じたりもしていて、先々のことを考えると心配や不安もあって、とても複雑な気持ちになります。

今後の「介護生活」を考えたときには、まだまだ長く続く可能性もあるので、どこかで息切れしないように、無理せず可能な範囲で長続きできるようにしないといけないと思います。
そして、「母との生活」ということを考えれば、現状のような生活が長く続くかわからないので、毎日を大切にして、母のことを見守っていかないといけない。

同じ年月を全く違うスタンスで考えながら、うまくバランスをとっていくことが大切なのかも知れません。

毎年、母の誕生日には大したことはしませんが、今年は、ささやかなお祝いとして、近所のスーパーでチョコレートのショートケーキを買って、母と一緒に食べました。

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