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生きてく以外の選択肢B

選択肢b

北海道のことは覚えていない。でも行ったことはある。

小学校2.3年生の頃だ。真冬の小樽運河の街道を覆う雪の上で、弟が転んだ。転んで、頭を打って狂ったように泣いた。私はそれが怖くて身体が固くなって、それ以降も以前も全く覚えていない。北海道のことは。

大学4年生の頃ニュージーランドに行った時、飛行機の中で小さな子供が狂ったように泣いた。何をやっても泣き止まなくて、周りの乗客がみんなであやしたり、中には怒る人もいた。

小さな子供が狂ったように泣くと、怖い。そう思うようになったのは大人になってからだ。

何か起こるべきではないことが起こってしまうような気がして。自分の手ではどうしようもなくて、息を潜めて全てが自分の中を通り過ぎるのを待つしかないようなことが起こってしまうような気がして。私がその時気付いていない世界のどこかの苦しみが彼らの声を通してこちらに伝わってくるようで。

思ったより寒くはない。思ったより。

ネット上のいまいち現実味がわかない綺麗な写真の断片と、「誰かの」北海道の思い出ブログのやけに馴れ馴れしい文章によって作られた想像の北海道は、もっと空気が冷たくて耳を刺すような寒さだった。

鬱陶しいな。想像の北海道と、今私がいる北海道をいちいち比べて一喜一憂したりする。

当たり前のことだと分かっていながら、未来が分岐することがどうしようもなく耐え難くて、なるべく絶望したくないのでなるべく未来に備えるようにしている。備えた未来は、多くの場合ご丁寧に裏切られる。
そうやっているうちに、自分が来るはずだった未来の残骸の上に立っているのか、今のこの場所に立っているのか分からなくなって途方に暮れる。

小樽運河の真横の階段に座って、水面に写る街頭の光が揺れるのを眺める。「風邪ひかんようにね」と横を通ったおじさん。「北海道は寒いですから」「楽しんで帰ってくださいな」と。

「楽しかったね」が言えない。いつからか。

「楽しかったね!」私のとなりで笑ってくれる人達を見ると眩しくて目を細めてしまう。「そうだね、楽しかったね!」と少し大げさにびっくりマークをつけら、嘘が、バレてしまいはしないか不安になる。帰り道、また私から「楽しかったね」と言えなかったな、と思ったりしながら、音の出ない唇をうごかす。

た・の・し・か・っ・た・な

楽しくなかったわけではない。「楽しい」ではなかっただけ。

「大事に、過ごしてね」

海の向こうの大きな大きな大陸に住む友達からそうメッセージが来た。

「楽しんでね」

と母から連絡が来た。「楽しい」に胃をつかまれなくてもいいんだな。大事に過ごすことについて考える。

思ったよりあたたかい北海道では、誰も転ばない。

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境界線と向き合うことに命を使いたい。/違和感を言葉に紡いで、社会と自分の境界線を描く。教養のエチュード賞受賞 #Gaiax19卒新卒 #コルクラボ6期

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