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セルゲイ・ソロヴィヨフ『Assa』ロックのエネルギーを世に送り出した"LETO"の原点

ソ連映画史に燦然と輝く"最重要ロック映画"であり、"ソ連を崩壊させた映画"とすら呼ばれる伝説の映画。直接的な関連はないのかもしれないが、ソ連末期のロックシーンはそれほどまでに若者たちを熱狂させた。そして、ヴィクトル・ツォイやミハイル"マイク"・ナウメンコ夫妻を描いたキリル・セレブレニコフ『LETO -レト-は、ツォイ本人や"アクアリウム"のメンバーであるボリス・グレベンシュチコフ本人が登場する本作品を現代にアップデートさせた作品であることが分かる。ところで、セレブレニコフの作品はロックが持つ"反権力反体制"的な側面を映像世界にぶちまけた作品だが、本作品はそんな政治的な思想はそこまでなかったと言っている(勿論すっとぼけだろうけど)。ソロヴィヨフは自身の前の作品『白い鳩』がそこまでヒットせず、空席を埋めるために兵士が無理矢理動員されていることを知り、そんなことせずとも大ヒットを飛ばせるような作品を作ることを目指した。そこで参考にしたのはメロドラマ、音楽、そしてダンスをふんだんに使ったことで当時のソ連で大人気だったインド映画のエッセンスだった。

本作品はギャング団の頭領アンドレイ、看護師でその若い情婦アリカ、彼女が恋するロック歌手バナナンの三角関係を中心に展開する。ヴィルジニー・ルドワイヤンの幼さとマリー・トランティニャンの儚さとクリスチナ・リンドバーグの美しさを同時に見ているかのような気分になるタチアナ・ドルビッチ演じるアリカは本当に可愛らしいが、避暑地に来たアリカがバナナンに恋して、アンドレイはそれに嫉妬して云々というメインプロットは正直大味で、特に褒めるような新規性は見当たらない。驚きはこの時代の公園にプリクラがあって、それが理由で若い二人の逢瀬がバレてしまうことくらいだろうか。あと、プリクラのイヤリングをしていたという理由で捕まるなど如何にもソ連的なクリシェも含まれている。悲惨なシーンだが、その滑稽さには笑ってしまう。

しかし、本作品は三角関係は新しい方向に進める映画ではなく、旧世代と新世代の構造的な対比をクラシックとロック、野外オペラ劇場と屋内ダンスホールなど様々な形で繰り返すことでロックの持つ潜在的なパワーを映画の中で爆発させていく。そして、意味不明なタイミングで枝分かれしていくサブプロットによって映画は自由に遊ばれていき(確かに間延びはしているが)、ロックの別の側面である自由さも強調される。画面に証拠用の数字が押され、ロック用語集が字幕で登場し、軍服を着た酔っぱらいの逮捕後の顛末が加えられ、読んでいる小説が映像になって登場し、『…ere erera baleibu izik subua aruaren…』のように色が溢れ出る演出まで含まれる。そしてやはり思い出すのは『Leto』であり、枠組み以上に似通った二つの作品は負った役割すら似通っているように思える。

全てが終焉を迎えた後、死んだバナナンの後を継いでダンスホールの歌手になるのがヴィクトル・ツォイ本人であり、彼の練習風景はいつの間にかコンサートホールへと変化する。これには1万人のエキストラが詰めかけたらしい。"変革!それが我々の心が求めているもの"と叫ぶツォイを見つめる観客はライターの火を掲げ(感覚的には今のサイリウム?)、夜空さながらの美しい情景が広がる。アンダーグラウンドでの活動を余儀なくされていたロックを陽の光の下に引っ張り出した本作品は、オープンリールで音源を共有していた時代では考えられないほどの影響力を持って、全ロシアにロックを送り届けた。その3年後、ツォイはモスクワ最大のルジキニスタジアムに7万人を動員する。ツォイは見ることは出来なかったが、ソ連は更にその1年後、崩壊を迎える。

後日譚
キノー、アクアリウム、ブラーヴォといった当時のロックシーンで中心的な立場にあったバンドがこぞって参加しているというだけあって、その試写会は最早ショーと呼んでも差し支えない豪華なものだったそうな。3週間近く行われた試写会は、レコードを含むグッズ販売、新世代のファッションや絵画の展示、キノーやアクアリウムのコンサートなど様々なイベントに囲まれ、ロシアで初めて大々的にPRを行った映画となったらしい。

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・作品データ

原題:Acca / Assa
上映時間:153分
監督:Sergey Solovyov
公開:1988年4月(ソ連)

・評価:80点

こちらの記事を大分参考にしました。ロシア・ビヨンドは素晴らしい記事が多い反面、たまに消されるので備忘録がてらこちらにも書きました。

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