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アブデラティフ・ケシシュ『Mektoub, My Love: Canto Uno』自分を楽しく生きる人々への人生讃歌

最高。素晴らしい。カンヌ国際映画祭予習企画第ニ弾。撮影中のセクハラ疑惑のせいで日本公開が消し飛んでしまったアブデラティフ・ケシシュの新作。届いたその日に本作品の続編がカンヌのコンペに入ったため、超タイムリーで嬉しかった。ケシシュは本作品のために前作『アデル、ブルーは熱い色』で受けたパルムドールを売ったらしい、正に執念の映画だ。この映画のためにジャック・ロジエの『アデュー・フィリピーヌ』と『オルエットの方へ』を観て、バカンスの空気感を予習してみたが、最高だったね。

1994年。パリで暮らす脚本家志望の大学生アミンが南仏の実家にバカンスで帰ってくるところから始まる。前から好きだったオフェリーの家を覗き見ると、プレイボーイの従兄弟トニとオフェリーがガチセックスしとる現場を見てしまう。えーっと?という超ショッキングな状況だが、アミンも同じ。複雑な顔して窓の下で待っているアミンを尻目に部屋の中で展開する情熱的なセックス。ケシシュっぽい物語の始まり(適当)。まぁ他の作品観たことないんだけど。加えて、1994年というのが何を指すのかは言及されなかった。なんか歴史的な事件が起こったのかしら? 

ビーチにて、トニは"レストランを4つも経営しとるんやで"とガンガン会話を進めて二人組の片割れシャルロッテを落とすことに成功する。残されたアミンはパリっ子アピールでダンサー志望のもう片割れセリーヌを落とそうとするがトニほど会話も弾まない。そして、四人は夜の街に繰り出す。自分の店に連れて行って母親や叔母(アミンの母親)を紹介するトニは終始喋りっぱなしだが、後ろでアミンはニヤニヤしているだけだ。陽気なカメル伯父さんがセリーヌを狙ってくるし、最終的には従兄弟にセリーヌを取られてしまう。それでもアミンは後ろでニヤニヤしているだけだ。いるよね、こういう内気なやつ……母親に"可愛い子見つけて、楽しんでこいよ!"と尻を叩かれているのには笑ったが。

海辺でのオフェリーとアミンの会話も、基本的にはトニのことで、彼についての思い出やシャルロッテのことを話している。アミンは昼間っから部屋にこもってオレクサンドル・ドヴジェンコの『武器庫』を観るくらいだから、多分パリでの生活での面白エピソードみたいなのはあんまりないんだろう。なんか…心に刺さりますね…すると、夜になってトニを探すシャルロッテとセリーヌが店に現れ、シャルロッテはトニとオフェリーのことを知って泣き始める。それを慰めるのがアミンだった。

アミンとシャルロッテがトニを探そうとすると、アミンの叔母カメリア夫妻が到着して、またまた複雑な人間関係が展開することに。そこにトニも到着してシャルロッテと口喧嘩するが、怒り狂うシャルロッテに対して、トニは"君は怒るとより可愛くなるね"とか適当なことを言ってる。確かにコイツだけ見ると女性蔑視的な目線もあるのかもしれんが、彼は主人公でもないし、映画の代表者でもない。よくいるチャラ男だ。そして、フラれたせいで全く気分が乗らないシャルロッテを尻目に陽気なラテン系音楽で踊るセリーヌやオフェリー、カメル伯父さんなどなど。こちらまで楽しくなってくる空気感。最高だね。

カメル伯父さんは完全にスケベ親父なんだけど、女の子たちがそこまで嫌がっていないのは空気を壊すかもしれないみたいな日本的な考えではなく、単に自分が楽しくバカンスを過ごせれば、他人がどう動こうとそこまで気にしてないってことなんだろうか。我慢しているという感じではなく、"いるよね、こういうおっさんww落ち着けww"くらいの感覚なんだろうか。実際のところは私には分からないし、撮ってるケシシュもおっさんなのでその辺は理想像を押し付けているのかもしれないが、取り敢えず映画の中からは不快感は感じられなかった。
(MeToo運動の最初の頃ときにカトリーヌ・ドヌーヴが"男性が女性を口説く権利"みたいなのを主張していたのは、多分こういう軽いおっさんを意識してのことなんだろう。嫌がってるのにやるのは問題だけど、不快に感じない程度なら男女の間には必要でしょう、と。双方気持ちよく終わるレベルなら問題ないと思うんだけどね)

それに続く世代の入り乱れた海岸のシーンは最高だった。これから結婚するオフェリーが、未婚のアミン母、結婚しているカメリア、離婚したトニ母の会話に入ってくるのには最高に笑えた。彼女たちの会話を聴いていて、この映画には父親がいないと思った。アミンにもトニにもオフェリーにも父親が登場しないのだ。なんだろう、私が観たバカンス系映画『海辺のポーリーヌ』とか『夏物語』、上記ロジエ作品も確かに男親の存在はなかった。嫁(子供から見て母親)とデレデレするお父さんとか需要ないのかな。結構見たいけど。

最後はディスコ。酒飲みまくって踊り狂う登場人物たち。若者たちはもちろん、カメル伯父さんもいる。大きな音楽をバックに、会話するにも叫ばなくてはいけないような場所で、時間の概念も失いながら(昼か夜かも分からない)、一日一日を楽しく生きようとする人々。素晴らしいね。

女性を"性の対象"としてしか描いていないという批判が主なようだが、あんまりそんな気はしなかった。むしろ男も女も自分であることを最大限楽しんでいるように見えた。その行き着く先の一つがセックスでありダンスなのであって、目先の描写に囚われてはいけない。これは人生を大いに楽しむ人々へ送った人生讃歌なんだよ

・作品データ

原題:Mektoub, My Love: Canto Uno
上映時間:181分
監督:Abdellatif Kechiche
公開:2018年3月21日(フランス)

・評価:100点

・余談

ちなみに、カメリア叔母さんを演じるのはケシシュの前の作品『クスクス粒の秘密』で主演を務めたアフシア・エルジ。10年ぶりのケシシュ作品らしいが、めちゃくちゃ貫禄あって超カッコ良かった。

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幻想映画と可愛い女優大好き。筋金入りの非線形天邪鬼。サイレント映画と東欧映画を根城にする映画好き。シネフィル見習い。日本未公開映画をつらつらと。2020年もロシア&東欧(特にハンガリー)映画Year!!! 2020年代はカンヌ映画祭のコンペ選出作品をコンプまで近付けるぞ!

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