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アナ・ローズ・ホルマー&サエラ・デイヴィス『ゴッズ・クリーチャー』荒涼とした世界に、絶望を告げる風が吹く

アナ・ローズ・ホルマー長編劇映画二作目。今回は前作『The Fits』の共同脚本家/編集者だったサエラ・デイヴィスとの共作であり、アクの強い監督のアク抜きが上手いA24製作配給作品となった。今回の舞台はアイルランド北西部沿岸の寂れた港町である。男たちはカキ養殖や鮭漁のため、すぐにでも転覆しそうな木造船に乗って海に出て、その間に女たちはアイリーン・オハラ監督の下、水産加工場のベルトコンベアで働いている。前作『The Fits』では不穏な空気が足元から這い上がってくるかのように、徐々に導入されていったが、本作品では溺れている人のPOV→地元の若者マークが亡くなるというシーンから始まるため、序盤から不穏な空気が漂っている。そして、マークが亡くなった日、オーストラリアに行っていたアイリーンの息子ブライアンが突然十数年ぶりに、まるで死から蘇ったかのように帰郷する。彼は両親が経営に失敗し放置されていたカキ養殖場を立て直そうとしていたのだ。父親コンや妹エリンはあまり嬉しそうではないが、アイリーンは最愛の息子が帰ってきたとあって、一緒にバーに出かけるなどしている。

ブライアンは村の男社会にたちまち馴染んでいく。カキが収穫できない間には密猟で食料を確保し、養殖に必要な物資はゴミを漁って確保するなど、禁則事項も特に悪いとも思わず遂行し、序盤の不穏さはそのまま受け継がれる。ブライアンのもう一つの目的は、元恋人サラに会うことだった。今では彼女にはフランシーという暴力的な恋人がいて、誰もがその存在を見て見ぬふりをしていた。つまり、村の"平和"は彼女の犠牲によって成り立っていたのだ。そこに帰ってきたブライアンは無遠慮に彼女に近付き、アイリーンが先にバーから帰った夜、サラはブライアンにレイプされたと告発する。アイリーンは警察の取り調べに対してとっさに息子を庇うが、そんなことをしなくても男社会で最初から犠牲になっていたサラの声は届かず、警察も調査にやる気がなく、余計に爪弾きにされる。アイリーンはそれを目の当たりにする。

本作品は全編を覆う不穏な空気や閉塞感の中で、サラの"犠牲"を結果的に招いてしまったアイリーンの罪悪感、サラの告発などまるで意に介さない男たちのグロテスクな連帯感などを深掘りし考察していく。アイリーンは放蕩息子の帰還によって荒涼とした漁村の裏側を目の当たりにするが、サラに言わせてみれば、それは遥か昔から続いているのだ。サラは長い独白の中で、隙間風の話を始める。それは、まるで私が私ではないかのような、計り知れない絶望の一端だ。

・作品データ

原題:God’s Creatures
上映時間:101分
監督:Anna Rose Holmer, Saela Davis
製作:2022年(アメリカ, イギリス, アイルランド)

・評価:70点

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