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新作映画2020

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2020年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。コロナ禍の影響もあって新作公開が滞っているので、2018/2019/2020年製作の作品で自分が未見の作品ということにしま… もっと読む
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2020年 新作ベスト10

今年は色々大変な年だったが、物理的に鑑賞不可能だった映画祭がオンライン開催されるなど物量はシンプルに例年よりも増えた感じがしていて、諦めの悪い私は"こりゃあ観きれないなぁ"などと贅沢な悩みを抱えながら見て回っていた。おかげで新作は短編を含めて370本ほど鑑賞することが出来た。また、noteを書き初めて2年目にも関わらず、昨年執筆したハンガリー映画史の記事をキネマ旬報に寄稿することになるなど、図らずも最後までチョコたっぷりな年になってくれた(勿論本業の実験は本当に大変だったが)

レオニー・クリッペンドルフ『コクーン』羽ばたけ私の未来!

父親がおらず、母親も基本的に不在な中、中学生のノラは高校生の姉ユーレとその仲間たちとつるんでいる。姉妹の仲は悪くないのだが、姉の仲間たちは身体はデカイし、所謂"部活"的な集団意識と凶暴性があって全く肌に合わない。彼女たちの関係性は冒頭のトランプお仕置きゲームで簡潔に導入される。上級生たちに混じって参加させられたノラは、ゲームに乗り気ではないまま相手に指を折られてしまい、姉を含めた女性陣はノラを庇って病院へ連れて行く。居心地はそこまで良くもないが、付いて行きたくないレベルでもな

デュド・ハマディ『Downstream to Kinshasa』コンゴ川を下って1700キロ

所謂"六日戦争"は、第二次コンゴ戦争(1998年~2003年)中期の2000年6月5日から10日にかけて、コンゴ民主共和国キサンガニを中心にウガンダ軍とルワンダ軍の間で繰り広げられた一連の武力衝突を指す。この戦闘は全期間の中で最も苛烈なもので、6000発以上の弾薬が使用され、市街地の大部分が破壊され、4000人を超える死者と3000人を超える負傷者を出した。そして、その大半は民間人だった。国際司法裁判所はウガンダに犠牲者遺族と被害者に対する補償を命じたが、そのほぼ全てが首都キ

グザヴィエ・ド・ローザンヌ『9 Days at Raqqa』ラッカで過ごした9日間、レイラ・ムスタファの肖像

2019年、ラッカがISISから解放されて約2年が経過した頃、フランス人ジャーナリストのマリーヌ・ド・ティリーはカメラマンと共にラッカへと赴く。30歳の若さでラッカの市長となったレイラ・ムスタファに取材し、彼女の本を執筆するためだ。彼女は内戦以前からラッカで暮らしていた土木工学専攻の元学生で、今では130人の男性議員を束ねて、市の80%が破壊されたラッカの復興を支えている。映画はラッカの惨劇とISISが世界に与えた影響などを途中に挟み、中央広場などにまつわる忌まわしき記憶を共

ヴェロニク・レイモン&ステファニー・シュア『My Little Sister』死にゆく兄と戦う妹

優秀な劇作家だったリサは、家族とともにスイスに移住して以来作品を書いていない。夫マルティンの運営する学校で教師を務めながら二人の子供と生活しているが、彼女の心はベルリンで舞台俳優として活躍する双子の兄スヴェンの方に向いている。彼は白血病を患っており、いつも以上に不安定になっていて、双子兄妹の結束は平時以上に強まっていく。しかし、それは夫やスイスとの関係性が反比例的に悪化していくことと相関していた。仕事にも復帰できず、妹に迷惑ばかりかけて自暴自棄が加速するスヴェン。そんな兄を心

アベル・フェラーラ『Siberia』悪夢と記憶の荒野を征く者

ウィレム・デフォーがアベル・フェラーラの分身となって監督の若妻と愛娘の自慢に参加する一連のシリーズ最新作。シベリアの奥地で山小屋を経営してるおっさんの話。本作品は一次大戦を前に精神が不安定になったカール・グスタフ・ユングが著した『赤の書』を知っておくと良いという記述を見かけて、そのスピリチュアールな画風の挿絵を覗いて妙に納得してしまった。開始20分くらいで犬ぞりに乗った妊婦の若妻が登場し、バーでいきなり全裸になってそのままデフォーとセックスを始めるので、前作『Tommaso』

ニル・ベルグマン『旅立つ息子へ』支配欲の強い父、息子に"インセプション"する

イスラエルに暮らすアーロンとウリ。自閉症の息子ウリは自分の趣味や行動の許可を父親であるアーロンに求め、アーロンはそんなウリに振り回されながら利用しているフシも見え隠れする。そんな不健康な共依存関係は離婚した元妻からのウリの収容勧告で"脅かされる"こととなる。これに対するアーロンの抵抗の仕方が実にセコくて、わざとウリを焚きつけるような言動を取ることで自分(父親)から引き離そうとする元妻をウリの中で悪人に仕立て上げることで彼に"パパと片時も離れたくない!"と言わせて言質を取り、引

チャイタニヤ・タームハネー『夢追い人』インド古典音楽は永遠の探索だ

『裁き』の衝撃から6年経ち、チャイタニヤ・タームハネーが戻ってきた。遂にズームを覚えたターハムネーの新作は、老齢の師匠からインドの伝統音楽の演奏と歌唱を習い、自己研鑽に励みながら、スターになることを目指しているシャラッド青年の日常生活を描いている。シャラッドの父親も伝統音楽歌手であり、シャラッドは父親と比べられることを忌み嫌いながら、音楽以外のことを考えられず全てを犠牲にしている。演奏そのものに向き合っている時間と同じくらい別のことにも時間が割かれるのが実にタームハネーっぽい

モハマド・ラスロフ『悪は存在せず』死刑制度を巡る四つの物語

死刑制度にまつわる四つの挿話と言われると、ハードコアなマイケル・サンデルを想像してしまうが、本作品はベルリン映画祭出品作で金熊受賞作なので、そんなことは起こらない。第一部"悪は存在せず"は、ある男の一日を描いている。配給の米を入手し、学校教師の妻を車で拾い、小学校で娘を拾い、スーパーで買物をして云々という日常の延長線上に、唐突に本作品のテーマが横たわる。短編集としては完璧すぎる布陣。 第二部"あなたは出来ると彼女は言った"は、ある兵士の一夜を描いている。徴兵された後、運悪く

ピョートル・ドマレフスキ『私は決して泣かない』父を訪ねて470里

大傑作。オラは不良少女として、成人もしてないのに酒は飲むしタバコは吸うし、車好きが高じて学校をサボってまで整備工場でバイトするような人物だが、母親と大喧嘩して家を飛び出ても、玄関に置いてあったゴミは一旦家に引き返してまで捨てる実は優しい性格の持ち主でもある。そんな彼女は、アイルランドに出稼ぎに行った父親とは仲が悪く、長年離れ離れなので人となりすらよく知らない。二人を繋げているのは、オラが運転免許を取ったら車を買ってくれるというお願いだけだ。ある日、父の客死を知ったオラは、家族

ダン・サリット『Fourteen』変質していく関係性と変わらない友情

人生ベスト。批評家であり映画監督でもあるダン・サリットの長編5作目となる本作品は、対照的な二人の若い女性の長年に及ぶ関係性の緩やかな摩耗を描いた作品である。面倒見が良く頼りがいのあるマーラ、辛辣で聡明だが常に悩みを抱えているジョーは一見なんの接点もないように思えるが、14歳の時に出会ってからの親友同士。冒頭のマーラは保育園教師として忙しくも充実した日々を送っているようだが、ジョーは既にソーシャルワーカーとして仕事を続けるのに苦労している。ある時は申請書を書くジョーの手助けをし

トマス・ヴィンターベア『アナザーラウンド』酔いどれおじさんズ、人生を見直す

マルティン、トミー、ペーター、ニコライは歴史、体育、音楽、心理学を教える中年教師。広い自宅、安定した職業、子供たちに囲まれた家庭、気が置けない仲間たち、彼らは表面上は幸せそうだが、学校でも家庭でも危機的状況を迎えている。そんな疲れ果てて無気力な彼らはノルウェーの心理学者 Finn Skårderud による奇想天外な理論に出会い、常時ほろ酔いなら様々なパフォーマンスが向上するという謎のセルフエンハンス理論を実践へと移していく。すると、常時酒を飲んでいたヘミングウェイやチャーチ

Kazik Radwanski『Anne at 13,000 ft』高度13000フィートの上空で

大傑作。2010年代後半から英語圏カナダでは若手監督たちの躍進が始まった。これをカナダ人映画批評家バリー・ハーツは早い段階で取材し、"カナディアン・ニュー・ニューウェーブ"などと呼ばれる新世代を世に知らしめた(ニューウェーブは80~90年代のアトム・エゴヤンやパトリシア・ロゼマなどを指すようだ)。そんな運動の語るのに外せないのが、『アバランチ作戦』などを監督し、テレフィルム・カナダの不公平な補助金配分に対して辛辣な意見を述べたことでも注目を集めたマット・ジョンソン、私の大好き

アンドレイ・コンチャロフスキー『親愛なる同志たちへ』真実がフェイクに変わるとき

1962年6月1日、ノボチェルカッスクで大規模なデモが起こる。慢性的な物価高に加え、賃金が大幅に減らされると知らされた労働者たちが立ち上がったのだ。現代に蘇ったワイダ『鉄の男』が始まるのかと思いきや、本作品の主人公はそれを潰す側の人間だった。冒頭、不倫相手の部屋で起きた市政委員会の生産部門課長リューダは、物価高について小言を言うが、次に彼女が食料雑貨店の裏に通された際には"党の言うことは絶対だ"と店員を言いくるめる。どうやら二面的だと思ったらそうでもなく、彼女は熱心なスターリ