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新作映画2022

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2021年の新作ベスト選考に関わる作品をまとめています。新作の定義は、今年も2020/2021/2022年製作の作品で自分が未見の作品ということにしました。
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2022年 新作ベスト10

今年は社会人2年目ということで、本業にも慣れ始めつつ仕事量も増えつつという年で、引っ越し等もあって中々時間を捻出するのが難しい年だった。加えて、新作映画が尽く奮わないという厳しい年で、モチベーションの維持が困難になり、全体の鑑賞本数はほぼ横這いながら新作の鑑賞本数は激減してしまった(新作鑑賞本数の変遷:2020年374本→2021年355本→2022年281本)。それでも、5月にキネマ旬報にセルゲイ・ロズニツァの記事を書かせてもらったり、11月に京都に行って尊敬するフォロワー

アンドレア・シュタカ『Mare』幸福でも不幸でもない退屈さ

アンドレア・シュタカ長編三作目。今回の主人公マーレは夫ドゥロと三人の子供たちと共に、ドゥブロヴニク空港の直ぐ側にある借家で暮らしている。夫の稼ぎは多くないが、子供たちに手がかかるからとマーレの復職には消極的で、夫と子供たちが仕事と学校に行った昼間の時間は、家の中で様々な家事を一人でこなしている。象徴的だったのは、多少の喧嘩はあれど基本的には仲の良い一家がくすぐり合いをして戯れている中で、一人だけ焦げ臭い香りで我に返ってその場を離れるというシーンだ。彼女は家族内の交流ですら満足

【ネタバレ】トッド・フィールド『TAR / ター』肥大したエゴを少しずつ剥がして残るものは?

傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。トッド・フィールド長編三作目で16年振りの新作。主人公リディア・タールは当代随一のオーケストラ指揮者だ。アメリカ五大オーケストラを経てベルリン・フィルハーモニーの首席指揮者となり、同じ現代の作曲家たちとも数々の作品を生み出し、舞台や映画音楽も書き上げ、EGOT(エミー/グラミー/オスカー/トニー)の15人のうちの1人である。正に現代の巨匠の一人であり、劇中で度々言及される過去の偉大な作曲家や指揮者たちと肩を並べるような存在

ジョアンナ・ホッグ『エターナル・ドーター』母と娘についての"スーベニア"

傑作。2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。ジョアンナ・ホッグ長編七作目。前々作と前作は、ジュリーという若い映画学生を主人公として1980年代イギリスを描いた『ザ・スーベニア』シリーズであり、A24と共に製作したこれらの作品によってジョアンナ・ホッグの名前は世界中に届いたわけだが、本作品の主人公は中年になったジュリーのようでもあり、しかもデビュー作以来の自身の分身でもあるティルダ・スウィントンが演じているともなれば、非公式ながらシリーズ三作目と呼んで差し支えないのか

アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ『バルド、偽りの記録と一握りの真実』重症化したルベツキ病と成功した芸術家の苦悩

2022年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ長編七作目。今回のDoPはエマニュエル・ルベツキじゃなくてダリウス・コンジなのだが、コンジに失礼なんじゃないかというくらい似非ルベツキっぽい長回しとか視点の低い映像ばかりで困惑する。キュアロンも『ROMA』でルベツキを使えなかったとき、ルベツキからルベツキムーヴを習得して自分でカメラ回してたので、自分語りはルベツキで、という風潮でもあるんだろうか?荒野を走る男が空を飛ぶ影、出産直後に子宮に戻

Aristotelis Maragkos『The Timekeepers of Eternity』層構造の画面から現れる怪異

大傑作。スティーヴン・キング『ランゴリアーズ』を映画化したトム・ホランドによる同名ミニシリーズを再構築した一作。物語はメアリー・セレスト号みたいな、ほとんどの乗客が消えた飛行機に残された数名の乗客が辿る顛末を描いている。元々はカラーで3時間あるらしいのだが、それを紙を破るような演出によって徹底的に時短していく。紙を破る演出も、物を押したり叩いたりするとその空間がクシャッとなって音や歪みを表現したり、怒ってまくし立てる口や盲目の少女の目線を強調するために口や目を中心に紙を波打た

アリ・アッバシ『聖地には蜘蛛が巣を張る』イラン、聖地マシュハドの殺人鬼を追え

2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。アリ・アッバシ長編三作目、前作『ボーダー』が"ある視点"賞を受賞してコンペに昇格した形になる。本作品は2000年から2001年にかけて、シーア派の聖地マシュハドで起こった連続売春婦殺人事件、通称"スパイダーキラー"事件を描いている。視点人物は二人。一人目は事件の取材にやって来た女性記者ラヒミ。彼女はテヘランで編集長からセクハラされ、それを会社に告発したら逆に解雇されたという経歴があり、自らの意思で危ない橋も渡る強さのある人物だが、女性

ジェームズ・グレイ『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』1980年代NYで少年が知った"白人の特権"

2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ジェームズ・グレイ長編八作目で、グレイとしては5度目の選出。1980年、東欧ユダヤ系移民の血を引く少年ポール・グラフは6年生になった初日、反抗的な黒人の留年生ジョニーとすぐさま意気投合する。ポールは中産階級の次男坊として特に不自由を感じることなく暮らしており、学業よりも芸術家になることを望んでノートの端に絵を書いて過ごしていて、理解のある祖父アーロン以外の家族とは反りが合わない。そんな彼の信じる世界は綺麗で小さなものだった。実家は超金

マリー・クロイツァー『エリザベート 1878』シシィ神話の現代的な解体

ウィーンに行くとオーストリア皇后エリーザベト、通称"シシィ"を至るところに目にする。街のお土産屋では食べ物から置き物まで様々な形状のシシィがいて、宮殿のショップなんかシシィしか居住者が居なかったのか?というほどの贔屓っぷりに驚かされる(私も眼鏡ケースを買いましたが)。しかし、そんなシシィも基本的にはフランツ・ヴィンターハルターによる若かりし頃の肖像画がグッズ化されているに過ぎず、彼女のその後の人生は人々の記憶から抹消されているかのようだ。シシィといえば、ロミー・シュナイダーが

セバスティアン・レリオ『聖なる証』物語の力を信じよ

セバスティアン・レリオ長編八作目。Netflix製作ということで、てっきりヴェネツィアのコンペでのプレミアと想っていたが、ガヴラス、イニャリトゥ、バームバック、ドミニクと定員オーバーだったのか、テルライドでのプレミアとなった(トロントですらないのか)。物語は1862年、ジャガイモ飢饉(1845-1851頃)の傷跡の残るアイルランドが舞台となる。食料のジャガイモ依存とイギリス政府の無策によって被害は拡大し、多くのアイルランド人が亡くなるか渡米したことで人口も急減していた。主人公

Kersti Jan Werdal『Lake Forest Park』遺された生徒たちの物語

大傑作。シアトル郊外の街、レイク・フォレスト・パーク。都市と自然が心地よく融合した田舎町で高校生たちは、同級生の暴力的な死と向き合わなければならない。という話らしい。というのは、本作品では冒頭のラジオ以外はほとんど会話もなく、あってもそれほど重要な要素とはなりえない上に、冒頭のラジオですら音楽によって消えかかっている(普通に聞き逃しました、すいません)からだ。しかし、公式のあらすじを読み飛ばし、冒頭のラジオを聞き逃しても、本作品が持つ喪失感の予感のようなものには胸が締め付けら

【ネタバレ】ルーカス・ドン『CLOSE / クロース』レミとレオの"友情"と決裂

2022年カンヌ映画祭コンペ部門選出作品。ルーカス・ドン長編二作目。前作『Girl/ガール』が"ある視点"部門からカメラ・ドールに輝き、コンペに昇格した形になる。今回の主人公は幼馴染のレミとレオ。二人は互いに親しく、基本的にはずっと一緒にいる。屋外ではレミの両親が経営する花農場を駆け回り、室内ではレミの部屋に泊まって一緒のベッドで寝ている。彼らの間を結ぶ感情は友情より濃いが、そこに恋愛感情が混ざっているのかは自分たちにも分かっていない。学校に通い始めたある日、レミとの"密接な

アンドレアス・ドレーゼン『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。今回で四度目の選出というベテランで、脚本賞と主演俳優賞を受賞している。2001年10月3日、ブレーメンのクルナズ家は食事の支度が終わって、母親ラビエが長男ムラトを呼んでいる。しかし、次男と三男は家にいるが、ムラトだけは反応しない。やがて、彼がセダトという友人と共に、"コーランを学ぶために"パキスタンまで旅していたと知る。しかし、セダトはフランクフルトで借金踏み倒しがバレて捕まっており、パキスタンに辿り着いたのはムラト一人だった。そし

ルアナ・バイラミ『The Hill Where Lionesses Roar』コソボ、雌ライオンの叫ぶ丘は永遠に…

ルアナ・バイラミ初長編。彼女は『燃ゆる女の肖像』『Ibrahim』『キャメラを止めるな!』『あのこと』等々、最近のフランス映画でよく見かける脇役の一人だが、実はコソヴォ南部フェリザイ郡のプレシナという村の出身らしい。一家は彼女が7歳になった2008年にパリの南東にあるクレテイユに引っ越した。同じ年、ニコラ・バリ『Trouble at Timpetill』を観て演技に興味を持ったルアナは、2011年から女優として活動を始めたとのことなので、今年で芸歴11年目になるらしい。本作品