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クリエイティビティを上げる科学的だけど簡単行動(その1)

デスクワークで煮詰まったら“距離をとる”

 長時間のデスクワークで煮詰まってくると、やっているタスクが難しいと感じた経験はないでしょうか?そんな時に、簡単に実行できる解決策があります。それは、やっているタスクから、文字通り、“距離をとる”ことです。

 米コーネル大学ジョンソンビジネススクールのマノージ・トーマス博士らは、姿勢を前後に変えることで、目の前のタスクの(知覚)難易度が変化するかを調査しました。実験では、92人の大学生を2つのグループに分け、目の前のスクリーンに表示される難しいスペリングの英単語を音読するように指示しました。この課題に取り組む時に、1つのグループは、椅子に座って前傾姿勢(前に20度ほど傾斜)を取り(下図参照)、もう1つのグループは、椅子にもたれかかり、後傾姿勢(後ろに45度ほど傾斜)を取りました(下図参照)。

 結果は、後傾姿勢をとったグループは、前傾姿勢を取ったグループよりも、タスクの難易度が低いと回答したのです。これは、目の前の課題と身体的な距離を取ることで、「心理的距離」が遠く感じられるようになったからです。社会心理学の理論によると、人間は心理的距離が遠くなると、考え方が抽象的になり、それによって、目の前のタスクの難しさが軽減されるのです。

心と体は連動している

 前述のように、後傾姿勢をとることで、タスクから身体的な距離をおくという経験(身体的な感覚経験)と、抽象的な概念(心理的距離)を結びつけて認識してしまう現象を身体化認知といいます。日本語には、この身体化認知を裏付ける言葉の使い方がたくさんあります。例えば、「温かい人柄」という言葉は、「温かい」という身体的な感覚経験を比喩として用いることで、抽象的な人柄の中身を表現していますし、「重い決定」や「お堅い人」なども同様です。

 また、冷たいコーヒーカップを持った後に比べ、温かいコーヒーカップを持った後の方が、他者を「温かい人」であると評価することが、アメリカのイェール大学などの研究で明らかになっています。他にも、アメリカのマサチューセッツ工科大学などの研究では、履歴書をクリップボードに挟み,求職者の能力を評価してもらう実験を行ったところ、履歴書の内容は同じだったにもかかわらず、重いクリップボードを持って評価した人たちは,軽いクリップボードを持って評価した人たちよりも、求職者を「有能である」と評価したのです。これは、クリップボードの「重み」が、人物に対する「重要性」の評価に影響したと考えられます。このように、私たちは身体感覚を少し操作されるだけで、物事の受け止め方が容易に変化します。

心理的距離をとってクリエイティビティを上げる

 心理的距離には、例えば、明日の予定なのか、1年後の予定なのかという時間的距離や、地元で起きた事件なのか、遠い外国で起きた事件なのかという空間的距離などがあります。私たちは、心理的距離が近いほど具体的に考え、遠いほど抽象的に考えることがわかっています。

 独ブレーメン国際大学のイェンス・フォルスター博士らは、心理的距離とクリエイティビティの関係を調査しました。実験では、1つのグループには、「1年後の自分の生活を2分間想像しなさい」と指示し、もう1つのグループには、「1日後の自分の生活を2分間想像しなさい」と指示しました。その後、参加者の創造性を試すために、「植物に水をやる方法(具体的課題)」または「部屋をもっと良くする方法(抽象的課題)」について、できるだけ多くのアイデアを出しなさいと指示しました。

 結果は、「1年後の自分の生活を2分間想像しなさい」と指示されたグループ、つまり、心理的距離が遠くなったグループは、抽象的課題(部屋をもっと良くする方法)に関するユニークなアイデアをより多く出すことができました。(ちなみに、具体的課題(植物に水をやる方法)についてはグループ間で差はありませんでした)心理的距離をとることで、思考が抽象化し、抽象的な課題に対して、よりクリエイティビティを発揮できるようになったのです。

 以上のことをまとめると、仕事中にちょっとしたクリエイティビティが欲しい時は、後傾姿勢をとって、タスクとの身体的距離をとったり、少し先(1年先)のことを考えたり(時間的距離)、遠い海外での出来事を考えたり(空間的距離)すると効果的です。これなら、いつでも簡単に実行可能ですね。

参考文献:
・Thomas, M., & Tsai, C. I. (2012). Psychological distance and subjective experience: How distancing reduces the feeling of difficulty. Journal of Consumer Research, 39(2), 324-340.
・Williams, L. E., & Bargh, J. A. (2008). Experiencing physical warmth promotes interpersonal warmth. Science, 322(5901), 606-607.
・Ackerman, J. M., Nocera, C. C., & Bargh, J. A. (2010). Incidental haptic sensations influence social judgments and decisions. Science, 328(5986), 1712-1715.
・Förster, J., Friedman, R. S., & Liberman, N. (2004). Temporal construal effects on abstract and concrete thinking: consequences for insight and creative cognition. Journal of personality and social psychology, 87(2), 177.

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