私と学び

アホだった小中学校時代

私は、学歴としては文系であるが、中身は理系で、物事を科学的に分析し、再現性を検証することは好きである。
なぜ、私は、文系に進んだのか?それは簡単で、ただのアホだったことである。
はっきり言って、小中学校で、宿題を一度も提出したこともなければ、勉強をまじめにしたことなどほとんどなかった。
高校は、私立商業高校の情報系学科だった。本当は、工業専門学校の機械科に入りたかったのだが、もちろんアホは入れない。
しかも、県立の一番競争率の悪い、工業高校の材料科学科に落ちたくらいだ。
自画自賛になってしまうが、私のころはIQテストがよく行われており、その結果だと記憶力もそこそこよく、むしろパターン認識や空間認識能力は良い方だった。

学びの楽しさ

中学3年になると、皆が塾に通うようになると、私も例外なく塾に通わされることになった。
私の知識欲は、この塾での体験で変わることになる。
その塾は、田舎のおっさんがやっている私塾だった。はっきり言って、方言丸出しの教育者と思えない農家のおっちゃんみたいな人が一人でやっているので、成績を上げるための塾ではないのだと最初は思っていた。
後に知るのだが、上級クラスのようなものがあってそこではそれなりの勉強を教えていたので進学校に合格した生徒もいたらしい。
なぜ、この塾が今の私に影響を与えているかといえば、口が悪く、破天荒な先生のおかげだといえる。
塾に通っていたのは、30年近く前のことだが、今思えばモチベーションを上げることに関しては、この先生を上回る人を見たことがない。この先生は、2つのことを体験させてくれ、勉強は楽しいと思わせてくれたのだ。
1つ目として、不得手な教科にこだわらない。私は、数学や理科が得意で、社会はまずまず、国語は漢字以外は意味不明、英語は存在自体が意味不明だった。しかし、国語と英語を無理強いされた記憶がない。確かに、受験には不得手な教科を平均的にやらなければならないが、アホな私にとっては、やってもやっても、10点前後の点数しか取れなかった。はっきり言って自尊心はズタボロだった。でも、塾では、まず得意なことをやらせてくれた。
この経験は、社会人になって、勉強を続けられる心を作ってくれた。不得手にこだわり勉強をしないよりは、勉強をするほうがいいということだ。社会人は、日々勉強を繰り返すしかない。とにかく得意な情報系の勉強ばかりやってきたのだが、自然と文章を書くとか、英語の記事を読む力がついてきたのだ。
この先生が予想していたのかはわからないが、国語も英語も我流ながら必要最低限なほどだができるようになった。しかし、先生がわかっていたことは勉強は科目という括りで考えてはいけないことだ。科目どころか、学問の分類を超えて学ぶことが生きる力になるとわかっていたのだろう。中学生で勉強をするという選択肢を取り除いてしまうというのはもったいないと考えていたのだろう。

中途半端で次回に続く。。。

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自営で(IT)技術者をしています。 技術面や精神面で世の中の人の役に立てればと思っています。
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