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「アレンジャー1年目の自分へ」

0.【7年前、大学1年生の自分へ】

君は今、焦っているに違いない。

4月に入会したアカペラサークルでのスタバン発表が無事終わり、所属するスタバンは継続的に活動することが決まった。

これからライブに出演していくためには、持ち曲を増やさねばならない。そこで、高校では合唱部に所属し、バンドの中で唯一音楽経験のある君は、メンバーの期待に応えようと、自分でアカペラアレンジに挑戦することを申し出た。

とはいえ、楽譜が読める程度の音楽知識があるものの、アレンジなんてやったことがない。ましてや人見知りで人間関係を築くのに時間がかかる君には、相談できる先輩もいない。

だが安心してほしい。7年後、社会人になった君は所属バンドのアレンジを担当するばかりではなく、所属していないバンドからたびたびアレンジ依頼をもらうようになり、なによりアカペラアレンジを自己表現の1つとして愛するようになる。

そんな7年後の自分から、アレンジを行う上での手引きや視点を伝える。

1.【選曲する】

初めにしなければいけないことは選曲だ。「なーに当たり前のことを…」と君は思うかもしれないが、「どんな曲を選ぶか」はアレンジの負担やその後のバンド活動の成否に大きく関わってくる。

まず、曲の候補を探すときは、メンバー各自が自分の好きな曲(あるいは好きになれそうな曲)から選ぼう。後述するが、アレンジするにあたって原曲は何十回、何百回も繰り返し聴くことになる。嫌いな曲を聴き続けることは拷問に等しい。

次に、候補曲が3〜5曲ほど見つかったら、必ず他のバンドメンバーに相談しよう。その曲はバンドコンセプトに合っているのか(コンセプトがまだ固まっていないのであれば、「どんな演奏をしたいか」「演奏を通じて何を伝えたいか」「演奏を聴いたお客さんにどんな気持ちになってほしいか」といった漠然としたものでもいい)、他のメンバーの好きな曲(あるいは好きになれそうな曲)なのか、といった点を相談しておかないと、いざ楽譜が完成してもお蔵入りになってしまうリスクがある。

2.【原曲を知る】

アレンジする曲が決まったら、次はひたすら原曲を聴こう。その際、ただ聴くだけでなく、できるだけ細部まで聴くことが大切だ。

・その曲の歌詞にはどのようなメッセージが込められているのか?
・歌い手はどのような声色、表現で歌っているのか?
・1曲を通してどこで盛り上がって、どこで落ち着くのか?
・どういった楽器が使われているのか?
・それぞれの楽器はどういった旋律を奏でているのか?
・ベースやドラムはどういったリズムパターンなのか?
・歌と楽器はどのような掛け合いをしているのか?
・……

以上のようなことが(初めはなんとなくでもいいので)わかるまで聴きこまないと、次の手順でアレンジの方針を決めるのが困難になる。

3.【アレンジ方針を決める】

原曲を聴き込んで、原曲の細かいところまで知ることができた。

さあ、いざ楽譜作成ソフトをダウンロードしてアレンジ開始…といきたいところだが、その前に「アレンジの方針を決める」ことが必要になる。

前提として、アレンジには膨大な時間がかかる。アレンジを始めて7年経った君でさえ、フルサイズの曲をアレンジするには最低でも7〜8時間はかかる。アレンジが初めての君ならなおさら多くの時間がかかるだろう。

時間を浪費して疲弊しないためには、アレンジ途中で道に迷わず最短距離でゴール(完成)へとたどり着くために、「どのような道順をたどるか(=曲の各部分でどのようなアレンジをするか)」を予め決めておく必要がある。

具体的な手順としては、まず、アレンジする曲の歌詞が公開されているサイトを参照し、歌詞を紙に書き起こそう(文書ファイルに打ち込み印刷するでもいい)。

次に、曲のメロ、サビそれぞれの部分に「どうアレンジするか」を書き込んでいこう。

…といっても、初めはどこをどうすればいいかわからないだろうから、原曲を参考に最低限以下の3つを決めておくとよい(ここで、原曲を聴き込んでいたことが活きてくる)。

① どの部分で一番盛り上げ、どの部分で一番落ち着かせるか
② ①を基準として、各部分の盛り上がり度をどうするか(10段階で決めると後々わかりやすい)
③ 各部分でどういったコーラスパターンにするか

なお③のコーラスパターンについては、お決まりのパターンを知らないと決めるのは難しいだろうから、ゴスペラーズがアレンジした「ロビンソン」を例にいくつか紹介しておく。


A.ロングトーン(白玉)
→Aメロ(1:10〜)やサビ直前(1:59〜)、サビ終わり(2:28〜)で使われている、コーラスの全パートが一つの音を長く伸ばすパターン。シラブルに使われる母音はウ系「uh(oo)/fu(foo)」・オ系「oh/woh」・ア系「ah/hah」がほとんどで、ウ系は「まとまり・落ち着いた感じ」、オ系は「力強さ・包み込む感じ」、ア系は「広がり・明るい感じ」といった印象がある(と、7年後の君は解釈している)。

B.ベルトーン
→イントロ(0:45〜)で使われている、1パートごとに順番に音を出すパターン。「fon」「tun」「han」など、子音で始まりハミングで伸ばすシラブルが多い。

C.字ハモ
→サビ(2:02〜)で使われている、リードと同じ歌詞でハモるパターン。言葉がもろに前面に出てくるので、歌詞のメッセージが込められている部分や盛り上がる部分など、「聴き手に印象付けたい部分」で使われることが多い(初めはサビで使っておくと無難かもしれない)。

もちろんこれ以外にもBメロ(1:43〜)で使われている、1拍ごとに「pan」でリズムを刻むようなパターンもあるが、まずは思いつくままに自分で口ずさんで試してみるとよい。

4.【メンバーを知る】

これまた当たり前だが、アカペラ(合唱を含め)が他の演奏形態と決定的に異なる点は、「同じ"声"という楽器でも一人ひとりの性質が異なる」という点だ。

・どこからどこまでの音域なら無理なく発声できるか
・どのような音色の声なのか(太さや明るさや硬さなど)
・裏声と地声はどこで切り替わるのか

最低限、「どこからどこまでの音域ななら無理なく発声できるか」だけは把握しておこう。

5.【アレンジの下準備をする】

ここまで来たらようやく作業開始だ。

アレンジャーの中には手書きで譜面を作るという人もいるようだが、個人的にはMuseScoreなどの楽譜作成ソフトの使用を強く推奨する。

というのも、楽譜作成ソフトの場合、「作ったものをすぐに音源として聴ける」「コピー&ペーストができる」「修正が楽」といった点で手書きのアレンジよりも圧倒的に効率が良いからだ。

いざ楽譜作成ソフトをダウンロードしたら、いくつかアレンジの下準備をしよう。

1)テンポ・拍子・キーの把握

どんな曲でも、原曲とテンポ・拍子・キーが変わると雰囲気が変わってしまう。以下のような場合でなければ、原曲どおりの拍子・テンポ・キーでアレンジしよう。

・アップテンポの曲をバラード調にアレンジする場合
・男性曲を女性が歌う場合(その逆も然り)
・リードを担当するメンバーの音域と原曲の音域が合わない場合
・その他、あえて原曲通りにしない明確な目的がある場合

テンポについては、原曲を聴きながらスマホのメトロノームアプリを鳴らして把握するのも手だが、おすすめは「曲名 楽譜」で画像検索することだ。市販の楽譜の場合、1ページ目の左上に「♩=80」というようなテンポ記号が記載されていることがほとんどなので、購入しなかったとしても、サンプル画像でテンポを把握できることがある。

拍子やキーも楽譜のサンプル画像で確認すれば解決する。

ただしキーについてはしばしば原曲キーでない楽譜も販売されているので、次項の「リードパートの打ち込み」をしながら原曲と聴き比べて確認しよう。

2)リードパートの打ち込み

次に、リードパートを打ち込む。といっても、できる限り「耳コピ」は避ける。時間がかかる上に、よほどのリズム感・音感がないと正確に作るのが難しいからだ。

おすすめは「曲名 楽譜」で検索し、楽譜販売サイトで弾き語り譜やピアノアレンジ譜を買って丸写しするという方法だ。中には歌のメロディーのみを記載した「メロディ譜」というものもある。1曲500円もしないことがほとんどなので、金で時間を買う、と割り切ろう。

※運が良ければ、楽譜と別に「MIDI音源」が売られていることがある。ほとんどの楽譜ソフトの場合、このMIDI音源を読み込むと自動的に楽譜に起こしてくれるため、作業時間が大幅に削減される。見つけたら絶対に買おう。

リードパートには歌詞を入力しておくのも忘れずに。特にフルサイズのアレンジをする際は、予め歌詞を入力しておけば作業途中で「あれ、今何番を作っているんだっけ…」と迷わずに済む。

なお、イントロや間奏など、歌がない部分は原曲通りに空の小節を入れておくことも忘れないようにしよう。

3)コード記号の入力

これまた面倒な作業ではあるが、原曲どおりにコード記号を入力しておくことも非常に重要だ。わざわざコード記号を楽譜に入力することはしないというアレンジャーも一定いるようだが、初心者のうちはなんどもコード表を参照することになるので、かえって効率が悪いと思う。稀に「そもそも原曲通りのコードを参照しない」という猛者もいるが、優れた音感やコード理論に対する理解がないうちはおすすめできない。

リードパート入力時に購入した楽譜にコード記号が入力されていればそれを丸写しすればよいし、そうでなければ「曲名 コード」で検索すればコード表のサイトがヒットする。

ごく稀に、新譜やニッチな曲の場合、コード表が手に入らないこともある。そういう時は採譜業者に外注するか、金がなければ泣きながら耳コピしよう(そもそもそんなことが起こらないように、選曲の時点で楽譜やコード表が手に入るかを確認しておくとベター)。

6.【ベース・パーカスから作る】

ここからの手順は人によると思うが、個人的にはベース・パーカスの2パート(いわゆるリズム隊)から作るのがおすすめだ。

詳細は割愛するが、この2パートは他のパートと比べて、主にコード的側面・リズム的側面の2点からアレンジに与える影響が大きいためだ(アレンジが完成した後に、ベース・パーカスを作り変えてみると、印象が大きく変わることが実感できると思う)。

ベース・パーカスをアレンジする時、初めのうちは原曲の耳コピをもとに作ることが理想だと思う。しかしテンポの速い曲などはそのまま再現するのは難しいため、適宜音を省略したり、細かい音符をロングトーンにしたりして簡略化するとよい。どの程度簡略化すれば原曲の雰囲気と歌いやすさを両立できるかは、いろいろなパターンを打ち込んでみて試してみよう。

また初めのうちは、ベースの音はコードのルート音を基本に作るのが無難だと思う(この辺も話し始めると長くなるため割愛)。

7.【コーラスを作る】

ベース・パーカスがある程度出来上がったら、お待ちかね、コーラスのアレンジだ(個人的にはここが一番楽しい)。予め決めていたアレンジ方針に沿って作っていこう。

基本的にはコードの構成音とメンバーの音域をもとに、以下のようなことに配慮しながら作ると、比較的歌いやすいアレンジになるはずだ。

・音の跳躍はなるべく長3度以内に収める
・サビなど、盛り上がる部分に高音域が来るようにする
・リードとコーラスが半音でぶつからないようにする
・ベースと一番下のコーラスの間は5度以上開ける

8.【何度も繰り返し聴き、修正する】

ある程度楽譜が出来上がってきたら、一度手を止め、初めから通しで再生してみる。聴いている中で「あれ?」と思う点がもしあったとしたら、その部分だけを繰り返し聴いてみて、違和感の原因になっている部分を探し修正する。

とはいえ、慣れないうちはどう修正すればいいかわからないこともしばしばあるので、個人的にはそのまま次に進んでしまう、でもいいと思っている。後から知識やアレンジの引き出しが増えてきたときに直せばいいし、歌ってみたら案外よかった、ということもあるからだ。

9.【チェックする&清書する】

最後まで作り終えた。おめでとう!と言いたいところだが、まだ完成とは言えない。もう一度初めから楽譜を見直して、音符や歌詞の入力漏れはないか、コードにない音をむやみに使っていないかなどをよく見直そう。

また、「読みやすい楽譜にする」ことも、バンドメンバーのモチベーションに関わってくるため非常に重要だ。こちらに関しては松原ヒロさんがTwitterでとてもわかりやすい資料を公開していたため、ぜひ参照して欲しい。


10.【メンバーに配る】

ついに楽譜が完成。メンバーも待ち望んでいることだろう。

ここで慌てて、楽譜ファイルをそのままメンバーに送るのはかなり不親切だ。必ず、PDFなどの誰でも参照できる形式に変換してから共有しよう(MuseScoreを始め、ほとんどの楽譜作成ソフトには楽譜をPDF化する機能が備わっている)。

また可能であれば、音源ファイルも作成しよう。全パート同じ音量の音源と、各パートごとにそのパートだけが音量が大きい音源を作成しておくと、音取りの負担がだいぶ軽くなる(音楽経験のないメンバーがバンドにいる場合、音取り用の音源作成は必須と考えよう)。

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アレンジは時間もエネルギーもいる作業だが、「世の中に出回っている楽曲を新たな形でアウトプットできる」という点で非常に魅力的な活動だし、個人的にはバンドメンバーの個性を生かすも殺すもアレンジ次第と言っても過言ではないと思う。

また、ここまでの手順を踏めば、とりあえず「アレンジをする」という目的はクリアできるが、「いいアレンジをする」となると話は別だ。アカペラや歌、ひいては音楽そのものについてもっと理解する必要があるし、良質なインプットなしには良質なアウトプットはできない。

とはいえ、多くの人が「まず1曲アレンジしてみる」というスタートラインに着くことすらなくアカペラを辞めてしまうのが現状だと思う。だからまずは、あまり考えすぎず、いいアレンジでなくてもいいからやってみることが、アレンジャー1年目の君に必要なことだと言いたい。

どうかめげずに、これから始まるアレンジャー人生を謳歌して欲しい。


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