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趣味とは単なる口実なのか。

私の父はもうじき七十になる爺さんで、仕事も引退している。
かつては毎週末に早朝から走りにでかけるほどの自動車好きだったが、数年前から体力の低下がいちじるしいらしく、MT車のクラッチを踏む脚力さえ不足して運転趣味は終わったようだ。
今では日課の散歩とスーパーでの買い物以外、外出することもない。

先日帰省した際、父は「俺もKMみたなおたく・・・になったんだ」と自嘲気味にぼやいていた。
たしかに私はゲーム少年だったし、今もコソコソ小説など書いている時間が大半だからまごうことなきインドア派であるが、インドア派=おたくという認識は安直すぎるし、そもそもインドア趣味を下に見ている精神性には苦笑を禁じ得ない。

父はインドア趣味を下に見ているのに加え、私KMの内向的性格を揶揄してもいるに違いない。
父が私に結婚してほしがっていることは明白なので、その願いの叶わない原因が私の内向的性格にあると考えていて、揶揄せずにはいられなかったのだろう。

父のぼやきを聞き流しつつ、私は内向と外向の違いについて考えた。
辞書を引くと、内向とは「心の働きが自分の内面に向かい閉じこもること」とあり、外向とは「心の働きが外界に対して積極的・能動的・実践的なこと」とある。
この定義に従えば、ゲームおたくもアニメおたくも模型オタクもみな外向的だ。ゲームもアニメも模型もみな外界にあるのだから。

私はもう少し自分なりの定義を掘り下げることにした。
世間一般の外向的・内向的の言葉が指すイメージと辞書の定義には食い違いがあるように思えてならないからだ。
父がそうであるように、おたく趣味を外向的趣味とみなす人は少ないだろう。

だが、私はかつての父みたいなアウトドア派を指して、それすなわち外向的であるとは言いたくない。
父はドライブする時も仲間と走るのではなく一人で走っていた。会社の飲み会に行くことはあっても、友人同士でつるんでいたイメージがない。
私は、外向を外向たらしめるのは所属するコミュニティの数だと考える。どれだけアウトドア趣味を持っていようと、それを一人で楽しみ、家庭と職場くらいしか所属するコミュニティがないのであれば外向的というより単なる外出好きだ。
つまり、辞書にある「心の働きが外界に対して積極的・能動的・実践的なこと」という外向の定義は、〈外界〉を〈他人〉に置き換える必要がある。そうすれば「心の働きが自分の内面に向かい閉じこもること」という内向の定義とも綺麗に対比する。「自分」の対義語に「外界」を持ってくる人はまずいない(誤りではないが)。どう考えても「他人」とした方がしっくりくるだろう。

私は確かに内向的だ。しかし父もまた外向的とは言えなかった。


ところで、同じ趣味であっても、それを外向的に楽しむやり方と内向的に楽しむやり方がある。
何事も内向的に楽しむ私は、外向的に楽しむやり方しか知らない連中にたびたび不愉快な思いをさせられてきた。
彼らにとって趣味とは「口実」に過ぎない。他人とつるむための口実だ。彼らの興味の対象はあくまで「他人」にあり、趣味そのものへと向いていない。

私はオートバイに乗る趣味を持つが、集団ツーリングに誘われても参加したことはない。私はあくまでも「オートバイを自在に操る」という技術的習熟に面白さを見出しているのであって、オートバイを口実に他人とお出かけしたいだけ連中とは楽しみ方が違う(その楽しみ方が悪いとは言わないが)。
技術的習熟を楽しむなら、大勢でペースを合わせて走るより、自分のペースで自分の走りに集中したほうが良いのは言うまでもない。
こういった楽しみ方の違いをいまいち理解できていない人は多く、彼らは私を指して「ノリが悪い」などと揶揄する。そこには、自分と同じ楽しみ方を共有できない人間が許せないというエゴが見え隠れする。

内向的に楽しむほうが優れた楽しみ方だ、などと言うつもりはない。
だが、真に趣味の対象へと没頭したいのであれば、絶対に内向的に楽しんだほうがいい。
どんな分野にしろ、何かを極めていく人は大なり小なり孤独を感じる(孤独な闘いがある)というような話を幾度か耳にしたことがあるが、それは没頭と内向に極めて強い相関があるからだと思う。
切磋琢磨や協調・協力といった関係性も成果を出すには時に重要だろう。しかし、みんな仲良しわいわいがやがやの関係に浸っているところから一流が出現するとは考えられない。

趣味に対してガチであればあるほど、大いに内向的であっていい。



■おまけ

海援隊の『スタートライン』という曲は、まさに内向性の必要を歌っていると思います。

それから、この人もすごいなあ、と。
スタントライダーという(日本では)ほとんど先人のいなかった分野で世界を目指したOGA氏の話です。

「海外の大会にまで出る選手は、必ず一人で活動している」
「一流を突き詰めていくとどんどん孤立していくし、その熱についてこられる人はあまりいない」

――このあたりが聞きどころです。