純粋


 あっ、とわたしは声を上げました。数歩先に木の実のように転がるそれを視界に留めると、目だけをきょろきょろと動かして、他に気付いているひとがいないことを確かめました。
 純粋はたしかにそこにありました。あんまり可愛らしく輝いているので、わたしは嬉しくなって肌を震わせました。
 わたしはもうずっと純粋を探していたのです。
 わたしが白色の手提げ鞄を持って教室から帰ってきたあとも、純粋は同じところで変わらぬ輝きを放っていました。またしてもわたしは嬉しくなって、いっとう肌を震わせました。さっきよりもう少し近付いてみようと思いましたが、家でおじいちゃんが洋梨の切ったのを爪楊枝で食べながら待っていることを思い出して、その場を後にしました。
「おじいちゃん、今日道で純粋を見つけたよ」
 おじいちゃんの勧めてくる洋梨を受け取りながら、わたしは報告しました。
「それは良かったなあ、エリ」
 おじいちゃんはニコニコ顔で何度も頷いてくれました。頷きながら、口に含んだ洋梨をむしゃむしゃと噛んでいました。
 そのあとわたしは教室の宿題を終わらせて、今日見た純粋について考えてみました。しかしそれがとても綺麗だったこと以外、思い付くことはありませんでした。なんといっても、それは純粋なのですから。
 夜になってベッドに入ると、窓際にホウホウがやって来ました。窓を軽く3回つつくのが合図です。
「あんちゃん、オレ今日エミリーに右の羽を褒められたんだぜ、深みのある茶色のぐあいが素敵ね、ってよお」
「あら、おめでとう。わたしがこのあいだアドバイスしたおかげね」
 わたしは本当は純粋について話したくてたまらなかったのですが、ホウホウの話に付き合ってあげました。ホウホウは大事なともだちです。
 次の日、目を開けると、外は大風がびゅんびゅん吹いていました。これは落下傘ごっこができるぞ、と跳び上がって喜んで、朝食もそこそこにわたしは外へ飛び出しました。
 3回目の着地のはずみで、やっとわたしは思い出しました。あわてて駆けていくと、昨日純粋があった場合にはやはりなにも落ちていませんでした。
「エリ子ちゃん、おはよう」
 いつも落葉樹の交差点で待ち合わせをしているトモミが、今日は早起きしたのかわたしの家の近くまで歩いてきていました。
「おはよう、はやいね」
 わたしは純粋がどこかへ行ってしまって少し残念だったものの、お寝坊さんのトモミが早起きできたことが嬉しくて返事をしました。
「あまいにおいがして目が覚めたの」
 トモミは嬉しそうに言いました。それからトモミとわたしは、落葉樹の交差点を過ぎて、学校へ歩いていきました。
 それ以降、わたしが純粋を見かけることはありませんでした。

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