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プロテスタントが資本主義をけん引したメカニズムはなにか?:ウェーバー『プロ倫』と理解社会学

このnoteでは社会学の概念を人と問いを軸にしながら学んでいきます.今回のnoteでは社会学の祖の一人,マックス・ウェーバー(Max Weber)を軸として「資本主義の発展を促したのは何か?」という問いに向き合います.


「共産主義の幽霊」が世界を席巻する……ことはなかった

ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である.(マルクス『共産党宣言』)

かつて,カール・マルクス(Karl Marx)が打ち立てた「共産主義」は,ロシアに根付き,ソビエト連邦を器としてヨーロッパのみならず世界の半分を統治するイデオロギーとなりました.しかし,時が流れるにつれて,共産主義はその統治範囲を狭め崩壊し,共産主義ではない残り半分が世界を席巻するようになりました.共産主義の幽霊を押しのけ,世界を席巻したのは資本主義でした.

産業革命以降,仕事のあり方は大きく変化しました.これまで個人レベルで完結していた生産活動は,分業を基本とする工場をベースにした生産体制に変化しました.ここに,資本主義の源流が誕生します.分業による効率化,大量生産・消費に移行し,人々の生活は一変することになります.

そして,人々は大きく2分されることになりました.「資本家」と「労働者」です.資本家は大きな資本を手に工場などに投資し,さらに富を得ました.一方で,労働者は分業化された仕事の一部を担い,(マルクス流に言えば)搾取されることになります.

そんな資本主義が発達する中,ドイツの社会学者マックス・ウェーバーが抱いた問いは,宗教と経済との関係を人々の行為から説明する社会学の記念碑的著作『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(通称『プロ倫』)に結実します.

ウェーバーの問い:資本主義と宗教の関係

産業革命以降,資本主義が発達したなか,マックス・ウェーバーは資本主義下で人々の価値観や行動がどうなっているのか,を明らかにするために,研究を開始しました.

その過程で彼は資本家の多くがプロテスタントであることに気づきます.しかし,プロテスタントは倹約・禁欲を是とする価値観を持っていました.倹約を心がけている人々が資本家となり,資本主義を牽引しているという不思議な事態が起こっていることに,ウェーバーは気づきます.

そこで,彼は問いを「倹約を是とするプロテスタントが資本家となり資本主義を牽引しているのはどういうメカニズムか」へと変えます.彼は,この問いに対して,彼自身が掲げる「理解社会学」という方法によってアプローチします.

理解社会学で「理解」するメカニズム:予定説と職業召命観

ウェーバーが提唱した理解社会学とは,人々の行動を当時の文脈・状況に沿って「その人がなぜそう行動したのか」と考えることで,人々の行動や社会現象を解明するアプローチです.当時の文脈に沿って,ということがポイントです.

ウェーバーはこの理解社会学の方法をプロテスタントの資本家に適用します.つまり,急成長したプロテスタントの資本家がどういう思考回路を持って行動していたか,明らかにしようとしたのです.キーポイントは2点,予定説職業召命観です.

予定説とは,宗教改革で有名なカルヴァンが提唱した説です.予定説は「すでに神はだれを救済するか決めている」という主張です.キリスト教を信じる人にとって,死後の救済は非常に重要です.その救済が「すでに決められている」のであれば,次に気になるのは「じゃあ自分は救われているの?」ということになります.ここで問題なのは,だれが救われているのかわからない,という点です.

自分が救済されているのか,その一大事がわからないというのは強烈な不安を人々に駆り立てることになります.その状況下では,人々は「自分が救われるんだ!(ないし救済に近づいているんだ)」という証が欲しくなります.ここでウェーバーは救済の証としての「職業」に注目します.

なぜ,職業に注目したのか.それを理解するためには,キリスト教プロテスタントにおける職業召命観を理解する必要があります.当時人々は次のような認識を抱いていました.職業は「神から与えられた(命じられた)もの」である.そして,その神から与えられた仕事で最大限の力を発揮することが,神の威光を示すことにつながる,ということです.

ウェーバーは,人々が次のように考えたのではないか,と論じます.「仕事での成果が神の威光を示すことになるのであれば,仕事を頑張れば神の御心にかなうので救済に近づくのではないか?」つまり,仕事に没頭することが救済への確証になる,ということです.

仕事に没頭すれば儲かります.手元に入るお金がどんどん増えていくことになります.しかし,プロテスタントでは倹約を是としているので,自分の生活を豪勢にするようにお金を使うのはためらわれます.

「救済に近づくために働いてきたけど,お金は倹約・禁欲の信条に反する.どうすればよいだろうか」

その答えは,問いの中にあります.つまり「救済により近づくように使えばよい」ということです.換言すれば「儲けたお金を仕事に投資して,より仕事を成功させる」ということです.こうして,プロテスタントたちは仕事に励み,得た資金を再投資し,富を形成していった,という議論がウェーバーの『プロ倫』の大まかなストーリーです.

キリスト教諸派の教えだけでなく,プロテスタントたちがその教えをどのように受け取り,自分の行動にどう反映したのか.「人々の行動を当時の文脈・状況に沿って「その人がなぜそう行動したのか」と考える」ウェーバーの理解社会学の真骨頂はこの部分にあるといえるでしょう.より詳しく知りたい方は参考文献をご覧ください.

参考文献
 
橋本努, 2019, 『解読 ウェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』』 講談社.
 中野敏夫, 2020, 『ヴェーバー入門――理論社会学の射程』 筑摩書