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映画『ジュニア』で学ぶ「ジェンダーと教育・研究,そして規範」

この記事では,みなさんと映画をベースに社会科学の概念を学んでいきます.ぜひ,映画を見てこのノートを読み,学術的背景に目を凝らしながら楽しんでください.

今回の映画は『ジュニア』です.


映画『ジュニア』

↓youtubeのトレーラーは以下の通り(英語版)

↓Amazonでは次の通り

映画『ターミネーター』で有名なアーノルド・シュワルツェネッガーが妊娠する,という荒唐無稽なストーリーの映画です.シュワちゃんは妊娠を促進する薬を開発する薬学者アレックスを演じます.彼が開発する薬が認可されず,アメリカを出てヨーロッパに戻ろうとしていた時に,共同研究者であるラリー(演:ダニー・デビート)はアレックスに「ある人体実験」を持ち掛けます.その実験は,アレックスの腹膜に受精卵を入れ,彼が開発した妊娠促進薬によって妊娠するかどうか,というものでした.

ラリーは,自分の古巣の研究室に新たに入ってきた研究者ダイアナ(演:エマ・トンプソン)が持っていた凍結卵子を使い,アレックスに受精卵を注入します.実験は成功し,アレックスの腹膜にはすくすくと赤ちゃんが育っていきます.実験の中止を提案するラリーの意に反して,アレックスは子供を産む決意をします.

筋骨隆々のシュワちゃんが妊娠した男性役という非常にユニークな役どころになっていますが,この映画では彼以外には考えられないベストな配役でしょう.映画『ツインズ』と同じ監督,そしてダニー・デビートとの共演は息ぴったりです.

「女性から出産も奪おうというの?!」

アレックスの腹部に注入された受精卵の卵子はダイアナのものでした.ラリーは彼女が保管していたものを盗んで利用していたのでした.アレックスはそれをダイアナに打ち明けます(本編 1時間15分ごろ).

アレックス:妊娠したんだ.(中略)無名の卵子が手に入らなくて,ラリーが君の冷凍保存器からジュニアを.
ダイアナ:私のジュニア?
アレックス:僕らのジュニアだ.
ダイアナ:"僕らの"?

当然,ダイアナは激怒します.

ダイアナ:怒るな? 私をだまし,私のものを盗み,神をも恐れない不道徳な事をしたのよ.私の感情など何も考えずにね.
 感謝しろとでも言うの? 男ってそういう動物なのよ!

なんとかとりつくろうとするアレックスに,ダイアナはさらに畳み掛けます.

ダイアナ:妊娠という役目まで,女から奪うつもりなの?

このセリフは,想像以上に重いセリフのように受け取れます.「役目まで」という部分には,様々な含みがあります.このセリフをダイアナの視点にたって少し考えてみましょう.ダイアナは女性科学者です.この役どころーー女性と学問という観点から少し紐解いてみましょう.

女性研究者という「マイノリティ」

彼女の職業「研究者」の世界に注目しましょう.世界の研究者のうち,女性は何割ほどでしょうか? 5割ほどでしょうか? 結論から言うと,半数に達しません.

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図1:女性科学者の割合
https://www.mext.go.jp/kids/find/kagaku/mext_0004.html

映画『ジュニア』の舞台であるアメリカは2018年時点で33%,研究者の約1/3が女性である,ということになります.一方,日本ではさらに少なく16.6%です.つまり,研究者の世界は基本的に男性の多い社会だということです.

ここに,ジェンダーによる差異が現れています.ジェンダーとは,性別にまつわる社会的な側面を指し示す言葉です.性別によって扱いが異なる場合や,何かしらの有利不利が生じている場合には,ジェンダーという言葉が用いられます.

この時点で,女性研究者の苦境が見え隠れします.マイノリティはしばしば重要な意思決定に参与できないことが往々にしてあります.多数決をしても,マイノリティは票数を得られず,決定の実行力を持てない可能性もあります.

別の観点から図1を見てみましょう.女性研究者が少ないことは,女性の「能力不足」を表すのでしょうか.結論から言えば,そう断言することはまずできません.なぜなら,研究者になるために必要な「能力」を得ることは,社会環境に大いに依存するからです.特に女性比率の少ない日本の状況を中心に見ていきましょう.

大学進学とジェンダー:規範の形成と予言の自己成就

研究者になる第一歩は大学に入ることでしょう.日本における大学進学率は,全体で見ると上昇傾向であり,近年では過半数を超えています.四年制大学に注目してみると,一貫して男性の方が女性より多く進学していることがわかります.

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図2:男女の進学率水位(実線が大学)
(令和2年度 男女共同参画白書より
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r02/zentai/html/zuhyo/zuhyo01-04-01.html

女性の高等教育においては,四年制大学ではなく短期大学(短大)のほうが多く選ばれた時期がありました.上のグラフではちょうど1975年から2000年ぐらいまでの太いオレンジの線が短大の割合にあたります.

短大はなぜ人気だったのでしょうか.これは,日本社会において「女性の学歴に対する考え」を反映した結果であるといえます.一つ,別のデータを見てみましょう.

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図3:Q. 中学生のお子さんがいるとして,どの程度の教育を受けさせたいですか?
(「日本人の意識」調査から,横軸:調査年,縦軸:選択率,
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/pdf/20190107_1.pdf

図3に示したのは,子どもがいるとして,どの程度の教育を受けさせたいか,という質問に対する回答です.子どもの性別によって回答のパターンが大きく変わっていることがわかります.

男の子の場合は一貫して70%以上の人が,大学以上(大学・大学院)に進学させたいと回答しています.一方,女の子の場合は1970年代では20%近くの人しか大学以上に進学させようと考えていません.その代わりに,短大までなら,と考える人が30~40%近くいたことが図3からわかります.

つまり,約50年前から一貫して女性に対する教育を重視する人は少なかったのです.これが社会の規範を形成し,大学進学率の男女差として形成されていきました.

近年になって,この規範は形を変えて現れています.たとえば「娘が大学に行く場合,文系ならいってもよい」という規範です.この規範は,私が東北大で博士学生のころ,文学部のオープンキャンパスに来た女性の高校生が,少数ながらも何人か述べていたものです.

この規範はいわゆる文系・理系の選択にも大きく影響を与えています.たとえば,日本では「リケジョ」という謎の言葉があります.「理系の女性(or 女子)」を指す言葉のようですが,この言葉の誕生の背景には,そもそも「理系の女性が少ない」というある種の希少性があるでしょう.

では,女性は理系科目が苦手なのでしょうか.一般に「男脳」「女脳」みたいな俗説はよく耳にしますが,それほど男女の脳のアウトプットに大きな差は見られないことが知られています.つまり,「男性は理系科目が得意で,女性はそうではない」と決めつけるに足る根拠はそれほどありません.


もう一つ,国際比較の観点から見てみましょう.国立青少年教育振興機構による『高校生の科学等に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較』という報告書には,高校生の自然科学への興味関心の有無を男女別に示されています(図4).

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図4:高校生の自然科学への興味
(国立青少年教育振興機構, 2014, 『高校生の科学等に関する意識調査報告書-日本・米国・中国・韓国の比較-』http://www.niye.go.jp/kanri/upload/editor/88/File/04dai1shou.pdf

日本では,明確に男女差がみられます.一方,アメリカでは全く見られません.この違いは,先ほど示したような社会的規範によって形成されている可能性があります.つまり,「女性は大学に行かなくてよい/女性が大学に行くなら文系」という規範に基づいて,人々が実際に行動すること,あるいはそのような期待通りに動くことで,実際にそのような状況が生じる,ということです.このような状況は「予言の自己成就」に似た状況であるといえるでしょう(これは過去のnoteで扱いました).

女性研究者が置かれる環境


今回,日本の状況に引き寄せて女性研究者の置かれている環境を取りあげました.この環境は,他の人にも当てはまるような状況かもしれません.

今回の話のカギの一つは「社会規範」でした.規範というものはなかなか変わりません.しかし,科学技術の発展や社会制度の変化によって,確実に変化していくのも事実です.『ジュニア』でシュワちゃんが妊娠したように,抜本的な変化が必要なのかもしれません.

『映画で学ぶ社会科学』シリーズは以下のマガジンにまとめています.ぜひ他の記事もお読みください。


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