パタンの「カタチ」を見てみよう〜幾何学的特性で?になったら〜
はじめに
この記事はパタン・セオリーアドベントカレンダー21日目です。
https://adventar.org/calendars/10605
このアドベントカレンダーは、10月4日に発売した『パタン・セオリー』に関する記事です。
生命特性(幾何学的特性)がわかりにくい!?
『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』(NoO)から提唱されている生命特性(幾何学的特性)は、美しい建築物や自然界のような「生きている構造(living sttructure)」に、共通して現れている「形の特性」として定義されています。
アレグザンダーは、様々な自然界や人工物における観察の結果として、15の幾何学的な構造(カタチ)が現れているとまとめています。平たくいうと、「生き生きとしたシステムには共通したカタチが現れている」ということです。
自然界に共通に現れてくるカタチとしては、有名な雪の結晶、螺旋などの「自然のパターン」として知られていますし、その生成原理として、フィボナッチ数列のような原理も明らかになっているのは、知っている方も多いでしょう。
ピンとこない?生命特性
アレグザンダーの前期作品である『パタン・ランゲージ』と比べて、このNoOの生命特性は、どうも抽象的で、ピンときてない人が多い印象を持っています。よく聞く意見としては「我々の対象としている領域は、建築物のような物理的なものではないので、形はない」というものを聞きます。
『パタン・セオリー』は建築物のような「見える構造」ではない、様々なシステムに対しても応用可能としています。そのため、この生命特性をどう捉えて応用するかの理解が重要になってきます。訳者としては、この生命特性でひっかかって、パタン・セオリーを学ぶのを諦められるのは、困るのです。実は、この「カタチ」の問題は、生命特性だけの話でなく、よく知られている「パタン(パターン)」にも関わってくるテーマです。
パタンのカタチ、見えてますか?
元々のパタンは建築物や町の構造が元になっています。そのため『パタン・ランゲージ』(APL)を見ると、どのパタンにもダイアグラム(図解)が含まれています。これは単に「ビジュアルに表現している」だけでなく、そのパタンが持つ「カタチ」を表現しています。
このダイアグラムは、パタン適用後の文脈に現れてくる町や建物のカタチであり、パタンそのものです。物理的空間が主要ターゲットであるAPLなので、読者にとってわかりやすいでしょう。
実は「ライフサイクル」のような、物理的というよりは抽象的な概念に近いパタンもAPLにはあります。このような概念的なパタンでも、ちゃんとダイアグラムが用意されているのがAPLの特長です。
APLには掲載されていませんが、パタン適用前の状態、つまりストレスがかかって問題が表出化されている「ビフォー」の状態が必ず存在します。つまりパタンは、ビフォー状態(B)を、アフター状態(A)へと状態遷移させることによって、文脈のストレスを解消します。言い方を変えると、ストレスフルな状況において、場を新たなカタチに変容させることによって、ストレスを軽減し生き生きとした新しい状況をもたらすのです。
ソフトウェア設計のパタンのカタチ
パタン・ランゲージを参考にした、ソフトウェア開発の「デザインパターン」においては、ソフトウェア設計におけるクラスやオブジェクトの関係性をダイアグラムとして表記しています。ソフトウェア設計は、UMLというモデリング言語を使用するのが一般的です。これもパタンの「カタチ」とも言えます。
カタチが見えなくなったパタンたち
しかし、状況が変わってきたのは、パタンを組織の振る舞いやプロセスなどの、物理的に見えにくい分野に対して応用してきた頃からです。パタンからダイアグラムが省略され始めたのです。
省略された理由は定かではないですが、「物理的なものでない、人間集団や行動に対してのパタンだからカタチはない」という暗黙的前提があったのか、あるいはダイアグラムがあっても価値がないと捉えられたのか、ダイアグラムのよな図式化が難しかったためかわかりません。
たとえば、ソフトウェア開発のパターン運動の初期に開発プロセスのパタンを書いた「エピソーズ:競争力のある開発のパターン言語」には一切図はありません。ソフトウェア開発の文脈でパタン・ランゲージが応用されてからは、ダイアグラムの有無よりも、パタンの記述フォーマットに意識が向いたようです。
そしてそれ以降、「行為のパターン」あるいは「プラクティス」という形式でまとめられたパタンには、ダイアグラムはなくなってしまいました。
では、本当に見えないものを扱うパタンには、カタチはないのでしょうか?
見えないものにも、カタチはある
ここで筆者は「目に見えない対象のパタンでもカタチはある」という立場にたちます。わかりやすい例で言うと、物理的には見えない組織構造も、階層化された組織図や、フラットな組織図などにすることでカタチとして表現できますし、その違いも明白です。物理的には目に見えなくても、イメージとして自然と理解しています。
ここで参考になるのが、認知言語学のイメージスキーマという概念です。
イメージスキーマは、人間の認知と知覚の基本的な枠組みのことで、言語以前の概念化に先立って存在する心的イメージのことです。比較的単純なパターンや形、規則から構成されます。これらのイメージスキーマは、日々の具体的な経験の中で繰り返し現れて形成されるとされています。
有名なものに「容器」のスキーマがあります。容器のスキーマは、内側と外側が境界や囲いによって構成されています。言語では「in / out /into / out of 」という前置詞を使っている場合、抽象的概念としてこのスキーマを無意識に知覚しています。これは、具体的経験として「容器」を体験している中で、自然と「容器」の心的イメージが出来上がってくるということです。
容器以外にも、以下のようなイメージスキーマがあります。
例えば、私たちが「チーム」という言葉を聞くと、自然とチームの内と外を無意識に知覚していることに気づきますか?チームの内側は「私たち」、チームの外側を「彼ら」と区別してはいませんか?
チームには境界があり、新しくチームに入るメンバーは、チームという容器の内側に入り、チームから抜ける時は容器から出る、そのようなイメージスキーマが心的イメージとして存在するというわけです。
または、「中心ー周縁」というスキーマでチームを捉えて、チーム内は中心(私たち)、離れるにつれて周縁(=近しい隣人から、他人、彼ら)という認知になっているかもしれません。
イメージスキーマとパタン・ランゲージ
実は、イメージスキーマを提唱したマーク・ジョンソン氏は、『心の中の身体』中で、アレグザンダーのパタン・ランゲージに触れています。
たとえ物理的な対象でなくとも、「言葉」を扱うに先立って、人間は世界をさまざまなイメージ構造として経験していて、その関係性によって経験・理解が構成されている、というのが一つの仮説として言えるのです。
もう一つの例をあげましょう。先の組織構造の例で、「事業部‐部‐課」といった言葉を見ると、私たちは階層化された組織図をイメージします。どこにもその上下関係などが明記されていないにも関わらず、ツリー構造で上位階層と、下位階層の組織図をイメージします。
これは、私たちが経験上、事業部制の組織構造を、ツリー構造の心的イメージ(これは厳密にはイメージスキーマとは言わないかもしれません。イメージスキーマはもっと単純なカタチだと言われています。)として体験し形成しているからです。
では、逆に組織の「サークル」と聞くとどのようなイメージを持たれるでしょうか?サークルには階層化のイメージスキーマは形成されず、フラットに並列している心的イメージが形成されます。これは部活や大学などのサークルのように、上下関係はなくフラットなイメージで体験しているためでしょう。
ここで大事なのは「言葉の裏には、その人の体験から、その言葉と結びつく心的イメージが存在する(可能性が高い)」ということです。
そして、「パタンが、たとえ物理的に目で見えないものを対象にしていても、それが行為などでも、人はその心的イメージを持ちそれがカタチをとり、表現できる」というのが私の仮説です。
行為を図式に表現してみる
多くの人が、パタンを「行為」として捉えていると思います。そこで、その行為を更に深く見ていきましょう。
行為を行う前の状況(ビフォー状態)は、どのようなイメージで図式化できますか?
行為を行うと、その状態のイメージ図式は、どのように変わりますか?
行為を行なった後の状況(アフター状態)はどのように変わって安定しますか?そのイメージ図式は、どうなりますか?
たとえば、シンプルなパタンとして「朝会」「スタンドアップミーティング」「デイリースクラム」と呼ばれるものを例に上げます。
ビフォーとアフターを図式化してみる
「チームで仕事をしていますが、各自がそれぞれのタスクを行なっており、お互いがどんな状況かを日々知る手段がありません。必要なときに、必要なことをお互いに聞きに行きますが、チーム全体の状況を知る人は誰もいない、あるいは、マネージャーが個別に状況を聞きに行くことで、把握しようとしています。全体の状況を知る人は、誰もいないか、一人だけという状況です。それぞれが、それぞれの仕事だけに着目しており、全体への責任感を持つ人は、皆無かマネージャーのみです。」
この状況を図式にすると、例えば、こんな感じになるでしょう。
このような状態では、何が問題になるのかといえば、
マネージャに管理が集中している
各自が全体や他者に無関心(意識していない)
という2点に起因する様々なトラブルです。
この状態がずっと続くと、
個人の全体への関心度は下がり
マネージャの負担は増え
全体のゴールの達成よりも、個人の作業の完了に着目される
という状況になります。
では、ここで「毎日、各自の情報を共有して全体の状況、作業の障害物、その日のゴールを確認・調整する」という行為を導入してみましょう。
すると、図式は以下のように変わります。
各自が自分のタスクだけでなく、他者の状況にも関心を持ち、全体のゴールに対しての状況を踏まえて行動するようになります。互いの助け合い、ゴール達成のための協力などが生まれる土壌になります。
この状態では、
全員がそれぞれのタスクにも関心を持つ
全員がゴールの達成について関心を持つ
という関係性が生まれ、助け合いや、ゴール達成のための協力・調整が生まれます。(逆に、マネージャはやることがないので、チームのやりとりを俯瞰していますw)
時間軸でも図式化する
先程の人とタスクとゴールとの関係性は、集まった時の状態を図式化しましたが、「毎朝集まる」という時間軸の変化についても図式化してみます。
たとえば、時間軸で人の集まりを図式化すると次のようになります。ビフォーはずっと人がバラバラですが、アフターは時間の経過によって人が集まったり、バラけたりする様子が図式化することができます。
この例は、建物のように固定したカタチを持つ静的状態でなく、時間の変化とともに周期的に人の集まりが変わり続ける動的状態です。
人の集まりだけでは足りない
ここで注意したいのは、ただ人が毎日集まるだけで、アフターの状態にはならないということです。例えば、下の図のように毎朝集まってマネージャに報告するだけだと、矢印の向きが変わるだけです。
人の集まりだけ見ていると、毎朝マネージャに報告するのと、チーム内で相互共有している様子は大きくは変わりません(物理的に見える)が、行なっていることは大きく異なります。
これを「人が集まってXXXをする」を行為として羅列して表現するのもひとつの手ですが「状態として図式化してみる」と一目瞭然です。
パタンは要素間の関係性
ここで重要となるのが、人やタスクといった要素間の関係性の図式化です。要素がどんな関係をもっているのか、その関係の上で何が流れているのか、そこを図式にすることで、よりビフォーとアフターの違いが明らかになり、カタチの特長が現れてきます。この図式化には、特別なフォーマットは必要なく図形と線や矢印を使って図式化すればよいのです。
『組織パターン』の著者でもあるジェームス・コプリエン氏は、「パタンにはカタチがある」と以前から明言しており、積極的にパタンにダイアグラムとり入れています。彼が中心となってまとめた『A Scrum Book』やScrum PLoPの公開済みパタン一覧には、落書きチックなダイアグラムが含まれており、ビフォーとアフターを図式で表現して、文脈がどのように変化をしているかを表現しているものが多くあります。是非参考にしてみてください。
人が既存のパタンをみて「試してみたい」を想起させる動機性は、行為そのものではなく行為がもたらす新しい状態とその結果です。人は、その新しい状態を夢見て、そのパタンに取り組んでみたいと願います。
そして、その新しい状態は、前の状態からの移行によって実現されますし、その移行がパタン・セオリーの「構造保存変容」です。
パタンは、構造保存変容をもたらすひとつのきっかけであり、そのきっかけとは今のストレスフルなカタチを、より生き生きとしたカタチへと変えていきたいという未来の無意識のイメージによって生まれてきます。
生命特性とパタン
では、パタンのカタチが図式化できましたので、このカタチと生命特性を紐づけしてみます。
まず、あきらかにビフォーのバラバラな状態が、アフターによって人が集まり、作業の時にまた分散するという、時系列のリズムができています。これは相互反復といってよさそうです。
次に、マネージャに対する仕事の単一方向の報告だけでなく、相互のやりとり・相談・アドバイス、さらにはタスクの引取などを行なっているメンバー間の密な関係性の様子は、個人がバラバラだった状態が、より深く関わり合う深い相互結合になったと言えるでしょう。
チームが毎日のゴールの達成に注力するさまは、ゴールが力強いセンターとなり、チームはそのセンターに引っ張られていると言えます。
個別でマネージャに報告しているだけのビフォーと比べて、アフターのチームで集まって話をする場ができることで、チームとしての境界ができている、とも見えます。
これは一例ですが、このようにパタンに登場する概念を図式化することで、生命特性が現れている様を見ることが可能になります。
パタンが大きい場合はより小さなステップで
パタンのカタチが見えて、「やってみたい」と思っても、今の状況からの飛躍が大きすぎると、そのパタンの適用には無理が生じます。
先程のデイリーミーティングの例だと、生命特性が4つも現れていますが、ビフォー状態からこの生命特性4つを備えたカタチに変容することは、ちょっとステップが大きすぎます。
構造保存変容では、「前の構造を保存して全体を保ちつつも、より生き生きとした状態に変わっていく」ことが求められます。そのため、「1度の変容における生命特性は1つ」が望ましいです。『パタン・セオリー』にも記載していますが、生命特性はある静的な状態のカタチを指すと同時に、ある特性への動的な変容タイプとも考えられます。
このように考えてみると、この「デイリーミーティング」には複数の変容が含まれているため、そのまま導入するには変容が複雑過ぎるとも言えます。無理やり当てはめようとすると、元の構造が壊れてしまう危険性があるのです。よくある「何かパタン(プラクティス)を導入しようとしても、うまくいかない・抵抗にあう」というのは、構造保存ではない構造破壊の変容をしようとしているために発生する当然の抵抗なのです。
ではどうすればいいかといえば、たとえば
定期的に集まるという「相互反復」
互いの仕事だけやる状態から、互いを助け合う「深い相互結合」
毎日のゴールを明快にして皆で目指す「力強いセンター」
チームという境界を明確にして、チーム意識を作る、チームの「境界」
というように分けることで、よりステップを小さくすることができます。しかし、「パタン」を単にステップを細かくするだけでなく、「今一番、その状況で必要とされるのか?何を強めたいのか?」という「今ココ」を認識することが、まず不可欠です。そうすることで、あるパタンを適用する前に、その適用の前段階の準備が必要なことにも気づきます。
デイリーミーティングを適用するという例の場合、その前段として、チームの役割を見直したり、現在の状況における課題意識を全員で共有したり、作業計画を全員で行って他者の仕事への認知や理解を促す場を作る、などのステップが必要になるでしょう。
何をするにしても、その文脈にあった変容を、ひとつひとつ丁寧に進めて行くことが不可欠です。その場にいる人たちが「今の状況」を感じて認知したり共有すること、ストレスが生まれている状況の「カタチ」を可視化してみることもおすすめです。
まとめ
今回は、15の生命特性(幾何学的特性)の前段として、パタンのカタチについて書いてみました。「パタンにカタチがある」ということは、アレグザンダーの『パタン・ランゲージ』を読んでいないとあまり知られていないかもしれません。特に「行為」をパタンとして捉えている場合は、なおさらです。
パタンのカタチが見えない方は、「パタンは状態でありカタチを持ち、古い文脈をよりよい新しい文脈へと遷移を促す」という前提に立って、それぞれのパタンをとりまくビフォー・アフターを図式化してみてください。その後に15の生命特性をみると、「このパタンには、この特性が含まれている」と気づくことができるかもしれません。
15の生命特性(幾何学的特性)については、『パタン・セオリー』に紹介があります。より詳しく知りたい方は、高価ですが『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』を入手すると、非常に詳しい解説が書かれていてオススメです。
また、認知言語学のイメージスキーマは、図式化のヒントになるかもしれません。今回は詳しく紹介していませんが、フォース(場に生じている力)を図示化すると、よりどのようなカタチに変わったのかがわかると思います。
先に紹介した『A Scrum Book』やScrum PLoP のサイトのダイアグラムも参考になるでしょう。
「どうしても自分では図式化が難しい」という場合は、グラフィックファシリーションなどの視覚化が得意な人に相談してみるのもいいかもしれません。その人にコンテキストの説明をして視覚化してもらうと、カタチのヒントがみつかるかもしれません。
パタンを使うために図式化が必須というわけではありませんが、生命特性を考えるうえでパタンの図式化には是非取り組んでみてほしいです。また大事なのは「今のカタチから、より楽に、より生き生きと変わる」という構造保存変容なので、常に「今ココ」から始めるということを忘れないでください。
個人的には「誰しも、言語以前に心的イメージが備わっている」というこのイメージスキーマの仮説を信じてチャレンジしてほしいと思います。