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なぜ愛媛でSuicaが使えないのか? (1) 〜 「愛媛でSuicaは使えない」は正しい?

本記事執筆の動機

2019年の年始に仕事でSuicaの開発経緯やそのアーキテクチャなどについて各種文献を調べていた。[1], [2]

Suicaの開発ストーリーは、日本の大企業というイノベーションが生まれそうもない組織の中で、いかに未来のビジョンを掲げて組織を説得し、幾多の困難を乗り越えて世界屈指のサービスを生み出すか、というプロジェクトXそのものだった。

リリース後すでに20年近く経過しているSuicaは、ICカード乗車券としてだけでなく電子マネーとして駅ナカだけでなく街ナカへと浸透しており、その利便性は今も圧倒的だ。[3] 

もともとICカードとして始まったSuicaは、その後モバイルSuicaとして携帯電話、スマートフォンからも利用できるようになった。それに加えて、近年Apple PayがSuicaに対応したおかげで、Apple Watchをかざすだけで乗車や買い物ができるというユーザー体験が追加された。

Suicaに対応してさえいれば、Apple Watchだけで切符も財布もいらないキャッシュレス&パスレス&ウォレットレスが実現できるのだ。

しかし愛媛ではSuicaを使って公共交通機関に乗車することはできない。ふとしたきっかけで「なぜSuicaが使えないのか」を調べはじめると、そこには様々な理由が見え隠れすることに気づき、面白くて2019年1月にかなりの時間を費して調査し自分なりにまとめはじめた。

最初はさらっとブログ記事にしようと思った内容がどんどん膨らみ、収集つかなくなり、公開することなく業務に追われて一年が過ぎてしまった。

せっかく調べたのにこのままお蔵入りするのはもったいないと思ったので、最近のSuica事情のアップデートをしながら徐々に公開しようと2020年1月から再度整理をしはじめた。

そして今日(2/21)、1年前調べた時にはSuicaが使えなかった沖縄でのSuica対応のニュースが飛び込んできた。オリンピック開催に向けて今後も対応する自治体が増えるかもしれない。

時代の流れを感じながらも、昨年調べた記事を段階的に公開していこうと思う。

実は「ICカード先進県 愛媛」、しかし

筆者が住んでいる愛媛県は、2005年から伊予鉄道グループでIC乗車カードであるICい〜カードが運用されている。[4] 携帯電話で乗車可能な「おサイフケータイ」の導入に関しては、なんとJR東日本よりも早いタイミングだった(現在はサービス終了している)。[5]

ICい~カードがスタートして15年目を迎える愛媛県ではあるが、未だにSuicaを始めとする交通系ICカードでの公共交通の利用はできないままだ。2010年に東京から愛媛に越してきた筆者にとってこれまで「Suicaが使えない」ことは少なからずストレスだった。質問サイトで「松山市ではSuicaは使えますか?」というのはよくみる質問だ。[6]

更にApple Watchを購入して東京や大阪への出張の際にはすべてApple Watchで完結できる利便性を体感してしまうと、愛媛に戻ってきた時のストレスはこれまで以上になってしまった。

これまで筆者は「愛媛ではSuicaが使えない」という現実を受け止めてはきたが「なぜ使えないのか?」という点を踏み込んで調べたことがなかった。

今回、Suicaの歴史について学んだのをきっかけに、あらためてなぜ愛媛でSuicaが使えないのかという点について調べてみることにした。

「Suicaを使う」は二種類ある

ここで改めて「Suicaを使う」という点を具体的にしてみることにする。Suicaの利用用途としては「公共交通で使う(交通系)」、「買い物で使う(電子マネー)」の二通りに区分される。

そして記事中で「Suica」と言うときにはJR東日本が提供している本家Suica、JR西日本が提供しているICOCA、さらには相互連携している私鉄各線の対応ICカードを含めた交通系ICカードの総称とここでは定義することにする。

交通系としてのSuicaは、JR四国の愛媛県の区間、伊予鉄道グループの鉄道、バス、タクシー含め一切Suicaを使うことはできない。この状況を「Suica(交通)が使えない」と表現する。

一方、Suicaの電子マネーの側面では、愛媛県内でも大手コンビニ(セブンイレブン、ファミリーマート、ローソン)では交通系ICカードでの決済ができるようになっているし、レデイ薬局のような小売企業の店舗でも交通系ICカードでの決済の対応をしている所がいくつかある。

これは店舗が利用しているレジシステムが交通系ICカードに対応しているかに依存するようだ。

2019年度から愛媛でもキャッシュレス化の波が進んでいるため、Paypay、R-pay、アリペイのようなスマホ決済、そして以前から普及していた楽天Edyのような電子マネーに対応している店舗がかなり増えてきている。2020年2月現在、肌感覚として松山市に住んでいる自分が日常的に訪れるお店で現金で決済するのは恐らく20%未満だと思う。

そのため2020年時点においては愛媛県においてもキャッシュレスという観点で言うと、2019年初頭と比べると格段の進歩を感じる。(とはいえ、本記事のポイントは「Suicaがなぜ使えないか」なのでこのあたりは置いておくことにする。)

首都圏の駅構内にあるSuica対応の自動販売機などは愛媛では存在しない。一部、ICい~カード、楽天Edy、waonで購入できる自動販売機は存在するが、これも店舗によって導入している所もあるという程度でまばらだ。(もしSuica対応の自動販売機が愛媛にある場合はコメント頂きたい)

ICい~カードがSuicaと連携しない理由

さてここで伊予鉄道で利用されているICい~カードについてもう少し詳しく調べてみることにする。

ICい〜カードは、ソニーが開発したFeliCaを採用している。これはSuicaが採用している形式と同じものだ。ちなみにFeliCaとSuicaは開発経緯が密接に関係しており切っても切れない関係がある。SuicaはFeliCaがあったからこそ実現できたサービスであり、FeliCaはSuicaで採用されたからこそ広く使われるようになったと言っても過言ではない。[7]

ICい〜カードの導入時期については、中四国において高松琴平電気鉄道(ことでん)・ことでんバスに続いて2事業者目となっており、かなり早期の導入の部類になる。

そして、重要なSuicaとの連携について見てみると、Wikipediaに次のような記述があった。[8] 

同カードは、交通系ICカードとして日本のデファクトスタンダードとなっているFelicaを採用している。
(中略)
しかし、四国共通カード構想を含め、すでに発行されている他社の鉄道・バスICカードとの相互利用については、現時点では不透明である。
(中略)
なお、IruCa(およびICOCA)が日本鉄道サイバネティクス協議会策定の「サイバネ規格」を採用しているのに対し、ICい~カードやですかは非サイバネ規格であるため、現在のカードでは短期的な共通化は困難との指摘がある。


なるほど、ICい~カードがサイバネ規格に対応していない非サイバネ規格というのが相互利用ができない理由のようだ。

地域ICカードの利用実態と市場動向ーガラパゴス化する四国のICカード』[8] によるとサイバネ規格に対応しているIruCaと、非サイバネ規格のICい~カード、高知の「ですか」がサイバネ規格を採用しない理由らしきものが記述されていた。

異なる規格は各ICカード間の共通化を阻害する原因となるが、サイバネ規格を採用しているICカードは全体の約半数となっている。これはサイバネ規格を満たす程の高い技術水準(FeliCa)を必要としない、機能要求水準が低い市場が地方都市に多く存在するためであり、ここでも機能要求水準の違いによるガラパゴス化現象の一端が伺える。

つまり、サイバネ規格を選択しない理由のひとつとして、高い技術水準を満たす必要がないというのがあるのようだ。

伊予鉄道は速度を重視していた?

ICい~カードの導入時に、当時のe-カード常務取締役 西野氏にインタビューした記事があった[10] 。それによると、ICい~カードの導入理由を次のように述べている。

「モータリゼーションの進展により、道路がよくなり、クルマの所有台数が増えた。駐車場が整備された郊外型店舗が増える。大規模デベロッパーによる郊外の開発が進むことで、クルマの方が便利になり、公共交通離れが加速していく。これは地方都市の中心部から(大規模駐車場がある郊外型ショッピングモールに)人が離れてしまう事でもあります。同じベクトルで、公共交通の利用者も減っていくわけです」(西野氏)
(中略)
ICカード技術としてFeliCaを採用することも、国内外の先行事例の多さや処理速度の速さ、セキュリティやシステムの信頼性から「他に選択肢が考えられない」(西野氏)ほどスムーズに決まった。伊予鉄がFeliCa技術で特に重視したのが、決済時のスピードの速さだという。
「(クルマ依存への対抗という点から、)市内中心部でのバス・路面電車の定時運行、利便性向上は重要です。乗り降りの料金支払いは少しでも速いほうがいい」(西野氏)

つまり、当時の伊予鉄道は、モータリゼーションによる公共交通離れに対応するためにサービス向上の一環としてICカードを導入した。その際、決済スピードの速さが決め手となりFeliCaが採用されたということだ。

決済スピードを重視していたとなると、サイバネ規格の高い機能水準を満たすことが、サイバネ規格を選ぶひとつの理由になりそうだが、なぜ伊予鉄道はサイバネ規格を選ばなかったのだろうか? 

ここまでのまとめ「愛媛でSuicaが使えるのか?」

「愛媛でSuicaが使えるか?」という回答に対しての正確な回答としては以下が正しいだろう。

・Suica(交通系)は使えない
・Suica(電子マネー)は大手コンビニ、一部店舗では使える場合がある

そして「なぜ愛媛でSuicaが交通系で使えないのか」という回答に対して直接的な回答は次のようなになる。

・伊予鉄のICカードは規格としてSuicaと同じFelicaを採用している
・しかしSuicaの採用しているサイバネ規格ではない独自規格であるため互換性がない
・ゆえにICい〜カードとSuicaは相互運用できず愛媛ではSuicaを使って公共交通機関には乗れない

今後は「伊予鉄はなぜサイバネ規格を選ばなかったのか」という点について調べてみることにする。

参考文献

[1] 椎橋章夫. 2013. ペンギンが空を飛んだ日 - IC乗車券・Suicaが変えたライフスタイル. 東京: 交通新聞社.

[2] 岩田昭男. 2017. Suicaが世界を制覇する アップルが日本の技術を選んだ理由. 朝日新聞出版.

[3]「JR東日本:Suica電子マネー>Suicaが使えるお店」. Suica電子マネー:JR東日本. 参照 2020年1月10日. http://www.jreast.co.jp/suicamoney/shopping/

[4] 神尾寿. 2005. ITmediaビジネスモバイル:伊予鉄道「ICい~カード」スタート. http://bizmakoto.jp/bizmobile/articles/0508/23/news095.html.

[5] 吉岡綾乃. 2005. 「全国初、おサイフケータイで電車に乗れる──伊予鉄道」. ITmedia ビジネスオンライン. 2005年7月19日. https://www.itmedia.co.jp/bizmobile/articles/0507/19/news089.html.

[6]「愛媛へ行くのですが、市内電車でsuicaは使えますか?」. 2012. Yahoo!知恵袋. 2012年5月26日. https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1388008998.

[7] 立石泰則. 2010. フェリカの真実 ソニーが技術開発に成功し、ビジネスで失敗した理由. 東京: 草思社.

[8] 「ICい〜カード」. 2020. Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=IC%E3%81%84%E3%80%9C%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89&oldid=76019324.

[9] 高橋恵一, 土井健司, 豊嶋以長. 2009. 「地域ICカードの利用実態と市場動向-ガラパゴス化する四国のICカード」. http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/200906_no39/pdf/162.pdf.

[10] 神尾寿. 2005. 「伊予鉄道はなぜ、『FeliCa採用』に踏み切ったのか (前編)」. ITmedia ビジネスオンライン. 2005年8月30日. https://www.itmedia.co.jp/bizmobile/articles/0508/30/news037.html.

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