人間とアンドロイドのひと 第3話

(第1話から読む)

第3話

 「一晩だけ部屋を貸していただけますか?」

 なんという急展開だろうか。私の人生が短編小説だとしたら、今は起承転結の"転"の部分だろう。

 先ほど容姿主義を風刺しておいて言うのも何だが、彼の顔はなかなか整っていた。凛々しい顔面を持って私に面を食らわせるとは軟派な若者である。

 と、一秒足らずでここまで思考を巡らせたが、本筋のリアクションが取れない。とりあえずここは通りすがりの女子の役割として驚いてみせることにした。

 「え?ち、ちょっと何ですか…?」 

 陳腐な台詞だ。出来ることなら台詞のない"ト書き"ばかりの世界で隠居生活を送りたい。されども社会で暮らす以上はコミュニケーションを取る義務がある。彼と会話を続けた。

 つまるところ彼の話によれば、彼は最近失業した身であり、街で人に声をかけては無償の宿を交渉しているということらしい。デイリーな居候である。
 異性にすら声をかけるのはいかがわしいと思ったが、落ち着いた声と紳士的なしゃべり方で、ことさら悪意を持った男性では無いように思えてくる。
 少しいやらしい言い方をすると、どことなく美男子成分が漂っているのである。

 私も特に強い目的があってここに来た訳ではなかった。ただぶらぶらとアンドロイドのいる空間で思慮に耽るつもりだった。
 とりあえず、私は昨日と同じように無料配布の資料を手にとって彼と一緒に職業センターを後にした。ちなみにここで配布される資料は日次更新だ。

 今や誰もが携帯端末を持ち歩いている。行政施設で配布される紙媒体は、一応は携帯端末を持っていない利用者向けに置いてあることになっている。しかしそういった者は同時に住居や銀行口座すら持っていない。それぐらい限られた利用者に向けて配布していることになる。

 ひどい言い方になるが、22世紀の現在、よもや紙媒体というものは天然資源をすり減らす以外の役目を失っているのではないだろうか。ユーティリティーではなく、情緒や風情のために、依然として非合理的な保守性が最新技術と共存していることに虚しさを感じる。

 職業センターにある配布物の価値を強いて挙げるならば、それは失業者達の"達成感"のためだろう。私のような怠惰な失業者が、今日も何か行動したという裏付けのために持ち帰っている訳である。
 その一方で、肝心の配布物の補充係はアンドロイドが行う。そもそも配布物の製造業務のほとんどをアンドロイドが務めているという。流れ作業の仕事では人間はほとんど雇われない。

 怠惰な失業者の無意味な達成感が、モノの存在理由を生み出す。一介の無価値な気分が、商売人にとってはマネタイズの絶好の機会になる。そのスパイラルこそが現代の消費社会の本質と言えるだろう。

 話を戻そう。若き居候に声をかけられたのだった。

 大体私だって失業者だ。職業センターに来るような無職の人間相手に宿の交渉をしたところで成果が得られるとは思えない。彼には何らかの思惑があるのではないかと、通常は警戒するところだ。

 けれども、普段他人と接しない私の中には人恋しい気持ちがあった。それは今更隠すことが出来ないものだ。結局私は強く断ることもなく、話し相手として彼を招くことにした。
 男を部屋に連れ込むだなんて、なんとも"よからぬ"先触れが見える選択だろうか。

 こうして私達は、ひょんなことから1日だけ一緒に過ごすことになった。

(続く~次回完結~)

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