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トラウマもスライドの中の話

現実はスクリーンに映った幻影、大事なのは脳内スライド。

小さい時、親に何かされた、とか、事故や災害に遭ってそれがトラウマになっちゃった・・・という人、いる。

ぼくの手元に岩波国語辞典がある。1979年に出たもの。「トラウマ」という言葉はない。

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ちなみに「介護」という言葉もない。「介護」というのは磯部商店(現・フットマーク)の磯部社長が「看護」と「介助」をヒントにして考案し、1984(昭和59)年に商標登録したものなので。

「ウォシュレット」もない。TOTOが発売したのが1980年だから、辞書に掲載されるはずもない。

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岸恵子さんが自伝の中でこんなことを書いている。大人に入れ、と言われた防空壕だけど、「ここにいたら死ぬ」と、飛び出した。結果、助かった。その防空壕は土砂崩れと爆風で中にいた人ほとんどが死んだ。

殺気をはらんだ飛行機がすぐ傍らを通ったとき、パイロットの蒼ざめた顔が機体の窓から見えた。
岸恵子さんにトラウマが残っただろうか。残ってない。なぜか。「トラウマ」という言葉がなかったから。

戦国時代なんて、周囲に死があった。死体だらけだった。人が残酷に斬られるシーンを目にする子どもも多かっただろう。でも、「トラウマ」にはなってない。言葉がなかったから。

そう、言葉が現実を創造するのだ。言葉がなければ、スライドになりようもない。

逆に言うなら、言葉があるからスライドになり、トラウマになってしまう。

どうするか。

スライドを削除する。
削除が難しければ、こう考える。

オセロがあるよね? 白と黒。トラウマになりそうな「黒い」体験や記憶。それを、「あれがあったからいまのラッキーがある!」と白転させる。

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5歳の時両親が離婚、母に連れられ、豊中の一戸建て豪邸から尼崎の文化住宅の一室へ家が変わった。3畳6畳風呂なし。木造2階建て、2Fの一室。各階4世帯合計8世帯。隣とは音筒抜け。下の家の音もこちらの音も筒抜け。そりゃ、全体が一つの家みたいなものだから。世帯というより、部屋。

向かいの棟がある会社の男子独身寮だった。
おかんがそこのお兄ちゃんと仲良くなった。一回り下だ。おかん、やるよねー。お兄ちゃんが家で暮らし始めた。ただでさえ狭いのに、もう1人大人が増えた。働きの悪い人でね。お酒、ギャンブル大好き。ぼくを縛って放り投げたりした。これ、トラウマのネタになりそうだけど、なってない。

狭い家、銭湯通い(26歳まで通ってた)、お兄ちゃんの暴力・・・すべて、すべて、「だからいまのぼくがある。サクセスにつながってる」と白転させてる。

どうやって? そう思って、スライドを作るだけ。

同じスライドでも「黒」にするのか「白」にするのかは自分の考え方次第なんだ。

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大吉どーーーーーーん!!!!
ビジネスの世界に「JOY+WOW+LOVE and FUNの総量」を増やしたい作家・哲学起業家(フィロソフィー・アントレプレナー)です。JOYWOW創業者。https://twitter.com/kjoywow 僕のnoteは全て無料です!